佐野広記さん
NHKディレクター。1980年生まれ。2006年NHK入局。NHKスペシャルの大型シリーズ「NEXT WORLD」「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」「東京リボーン」「デジタルVSリアル」などを制作。放送記念日特集「フェイクニュースとどう向き合うか」、特集ドキュメンタリー「ありのままの最期~末期がんの”看取り医師” 死までの450日~」など。
今回も「メディアのデジタル化」についてお話したいと思います。メディアと言えば、かつては新聞・テレビ・雑誌・ラジオを指していましたが、現在ではオンラインメディアが急伸しています。日々膨大な量の情報が流れますし、同時に私たちはたくさんの検索をしています。実はこの検索履歴を見ると、その人の行動のほとんどがバレてしまうのです。
Googleの9年分の検索履歴を辿り、どこまで把握されているのかを取材したNHKディレクター・佐野広記氏に話を聞きました。
スマホの利用履歴9年分
(佐野)ネットを利用する際に、出てくる記事がフェイクニュースかどうかを気を付けるということと同時に、実は使っている検索エンジンにあらゆる情報を吸い取られているということも知っておいた方がいいと思います。
(小倉)検索エンジンといえば、Google とYahoo!などですよね。
(佐野)そうです。2020年に放送したNHKスペシャル「デジタルVSリアル」という番組で取材したのですが、Googleなどの大手IT企業が収集するスマホの履歴を使えば、あらゆる個人情報が丸裸にされてしまいます。住所や家族構成はもちろん、どこで働いていて趣味は何か、初デートの場所はどこか、いつ彼女と別れたのか、など細かい異性関係までデータからすべて読み取れます。大阪のあるバーの店長が自身のスマホの利用履歴9年分を提供してくれたことで取材が実現しました。
(小倉)Googleがどこまで自分の個人情報を取得しているのか、Googleに問い合わせると確認できるんですよね。
(佐野)はい、「グーグルテイクアウト」というサービスですね。巨大IT企業による個人情報の独占に対する批判の声が高まる中で、透明性を高めるために行っています。FacebookやTwitterなども取り組みを進めています。
(小倉)それにしてもバーの店長は人に知られたくない自分の情報を番組に提供してくれたんですね。
(佐野)番組で使うために彼のGoogle利用履歴の全てを提供していただいたのです。報道のためとはいえ、協力いただいて大変感謝しています。
(小倉)たしかにあらゆることを検索しちゃいますよね。人に聞く前にまずは検索するのが習慣になっています。
私も一度Googleに問い合わせてみたら、自分が検索していることが全部出てきて。ここまで詳細に把握されているのかと真っ青になりますよね。自分が落ち込んでいるときは落ち込んでいるような検索をしているし、調子がよいときは買い物の検索をしていたことがわかった。300万円する新車のサイトを見ていたり(笑)
(佐野)位置情報も。1秒で1000回。建物の何階にいるのか、高さも分かるし移動スピードも分かる。
(小倉)佐野さんの番組では「Googleが個人情報を取っていても、便利な社会になるんだったら、別にいいんじゃないか」という視聴者の意見が多かったのが印象的です。
(佐野)10代前半から25歳くらいのZ世代ですね。
(小倉)たとえば、Googleでレストラン検索をすると、何時に混んでいるかがわかるから、店が流行っているかがわかる。その一方で、多くのグルメサイトでは高額の手数料をサイト運営側に支払うプランで契約している飲食店ほどサイトの上位に表示されることが判明したし、地方だとレビューを書く人が少なくてネガティブな評価を書く人がいると全体の評価が落ちてしまってレストランにとって不利になるんじゃないかとも言われています。そう考えると、Googleの方が客観データとして正しいのかもしれません。
(佐野)Googleマップはやっぱり便利ですよね。密の情報もわかりますし。
テレビ局がデジタル企業になった
(小倉)国会で野党が「マイナンバーで国に個人情報が取られる」って言っていたけど、検索エンジンですでに取られているんですよね。世の中全体にとっては、マイナンバーがもっと使われれば不正な蓄財が減って、透明でまともな社会になるかもしれません。
ただ、AIがどこまで正しいのか。「イタリア料理 東京 まずい」と検索しても、美味しい店までヒットしてしまうんです。それにそもそも、検索エンジンが検索した言葉を機械学習していると言っても、人間が常に正しいこと、思っていることを発しているわけではないですよね。
ところでNHKはデジタル化にどう取り組んでいるんでしょうか。
(佐野)2006年に入社しましたけど、今はかなりデジタルファーストになってきました。以前はテレビ番組を放送した後にデジタルに出していましたが、最近はまずデジタルに出すことが増えていいます。
そうするとレスポンスがあるから、それをふまえて取材を深めたり、レスポンスを視聴者の声として紹介したりしています。その中から取材先を見つけることもあります。
デジタル人材も社内に増えていますね。デジタル人材のディレクターもいます。テレビ番組を作らないテレビディレクターです。
(小倉)NHKオンデマンドに入っているんですけど、NHKプラスと言うのもありますね。
(佐野)NHKプラスは放送法が改正されてできたサービス。放送とインターネットで同時に配信することができるようになりました。放送をデジタルでリアルタイムに見ることが出来るし、見逃し番組も1週間後までは見ることが出来ます。
NHKオンデマンドは有料で、1週間を超えても見ることが出来るサービスです。
(小倉)オンデマンドの方はアーカイブも見られるんですね。名称が紛らわしいから一緒になってほしいです(笑)
(佐野)確かに、個人的には放送とデジタルという境目はもうなくしてもいいと思いますし、デジタル向けだけの番組作りもあっていいと思います。受信料をいただいて良いコンテンツを制作して、その成果はデジタルで無料でいつでも見ることができるようにする、ということでもいいですよね。
もともと放送法では、NHKの受信料は「放送のため」なのです。デジタルのためではない。だからずっとやれること・やれないことがありましたが、今は垣根がなくなってきていますね。
(小倉)やはり今はデジタルやSNSの力を無視できません。トランプ元大統領は2016年の選挙戦では、Twitterでバズるワードを使って演説をしていました。メキシコとの間に「wall(壁)」を作ろうというのもTwitterにあげてみたら「like」が殺到したので演説で使って、それが一大ムーブメントになったわけです。どう考えても現実的には壁を作りようがないけど、言い続けることでネットからリアルへと反響が起きた。SNSのパワーは強大です。
番組作りでSNSを意識することはありますか。
(佐野)NHKは2013年にSoLT(Social Listening Team)というデジタル取材チームを立ち上げました。Twitterのタイムラインを観察して、火事や事件・事故、災害の情報が出ているものをチェックして、実際のニュースなどの放送につなげていくということをやっています。
(小倉)警察情報を待つのではなくて、Twitter情報が支局に届き、記者が取材にいくということですか?
(佐野)情報の重要度や信ぴょう性が高いと判断されれば、そうなります。通常、報道機関は、都道府県警の警察や地方自治体、消防から情報を提供してもらっています。でもそれだと情報が入るまでに時間がかかる。でも、もし町中で煙が上がっていたり爆発が起きたら、周囲にいる人たちは119番通報と同時にツイートし始めますよね。タイムラグがないんです。
それとは別に、1日2回、SoLTから、SNS上で何が話題になっているかをまとめた日報メールが送られてきます。それを見ることでトレンドがわかるので、番組制作にも役立ちます。24時間体制で年中無休で稼働していると聞いています。
(小倉)NHKの皆さんのモチベーションはどこにあるんでしょうか。民放と比べて視聴率や予算達成が厳しいわけではないでしょうし。正直、受信料を下げるべきかと問われれば「イエス」なんですけど、払っている受信料から考えれば、いまのNHKの番組の質は高いと思います。面白い番組がたくさんあるなと思っている人は多いでしょう。
政治の報道だって、公共放送だからという面はあるのかもしれないけど、政権内部までちゃんと取材できています。高い質を担保しようという記者やスタッフのモチベーションの高さはどこから来るんでしょう。
(佐野)現場に身を置く人間は「見たことがない世界を見たい、それを視聴者に提供したい」と思っています。何をテーマにしたいかは、各人の関心や感性から来るものではありますが、総じて使命感が強い人が多いと思いますね。
みんな一生懸命、取材をしている。使命感が強すぎて、NHKって真面目だよね…と映るとは思うんですけど、日本のメディアや民主主義を守っているのは自分たちだと信じている人は多いんじゃないかな。
視聴率ありき、ではない
(小倉)番組の企画が通るかどうかでいうと、どういうところが重視されるんですか。
(佐野)視聴率を第一に考えるということは、ないです。「サムシングニュー」という言葉がよくつかわれます。知られていない話であるか、チャレンジングかということなどが問われます。
(小倉)それがあれば制作現場に予算もつくんですか。
(佐野)取材するのに必要なものは用意してもらえます。また、企画が採用されれば数字(視聴率)に責任を負わされることは無いですね。もっとも、編集の段階で「若い視聴者にも見てもらえるように工夫してね」「もっと分かりやすい言葉を使って」というような注文がつくことはありますが、数字(視聴率)が取れるからやろう、ということではありません。
(小倉)企画が通ってから、どの番組で扱うかが決まるんですか。
(佐野)企画を通す段階で、どの番組枠かは決まっています。同じ取材内容を、編集を変えて別の番組に展開することもあります。
デジタルの場合は、テレビで放送する番組とは違って尺が柔軟なので、新鮮ですね。テレビ番組は尺の制限が厳しいので、本当は放送をしたいのにカットしてしまうシーンがありますが、デジタルはそこが柔軟です。
それから、デジタルになったことで、作業効率はぐっとあがりましたね。テレビ局にとっては、やはりテープからデータに変わったのがすごく大きいなと思います。私が入社したときはベーカム(SONYの開発した業務用・放送用の高画質ビデオ)で編集していました。ベーカムだとどんどんテープが擦れて色が薄くなっていくんです。それにカット残りと言って、映像のつなぎ目に、別の映像が短く残る現象も起きやすかったんです。
(小倉)テープが擦れて色が薄れるから色を追加する作業とかですね。
(佐野)そうです。1時間とかの長尺番組だと気の遠くなるような作業がありました。私が入社した2006年はデジタル編集への移行期でしたが、当時はデジタルで編集したものをテープにして番組放送していました。音楽も、再生しながらテープに入れていったんです。いまは全部デジタルになっているので、デジタルデータで編集して、スタジオでチェックして、放送用のサーバにアップロードする。相当ラクです。
(小倉)雑誌もそうでしたね。私も2008年にプレジデントに入社してから3~4年くらいは製版用フィルムからゲラをチェックしていました。
(佐野)それに取材の撮影はスマホでもできるんですよ。iPhoneで番組を撮ることもあります。先日放送した、佐野史郎さんがご出演された「知られざる1970大阪万博」はiPhoneで映像を撮りました。ブレないし、大きな業務用カメラと比べて被写体との距離の制約も少ない。編集ソフトを使えばきれいな映像になります。
(小倉)プレジデントの誌面でもiPhoneを使ってカメラ撮影することがありました。光も自動補正してくれる。最初、読者からクレームが来るかなと思ったのですが、一度もなかった。現場に、これからもiPhoneで撮影できるね、といったら、「小倉さんに言ってなかっただけで、ずっとiPhone使っていますよ」と言われてびっくりしたことがあります。
じゃあディレクター1人で取材に行けそうですね。
(佐野)それは昔からあります。デジカメ1台持って一人で行く。最近はスマホと音の入力マイクがあればデジカメもいらないですね。
(小倉)なるほど。スマホにマイクをつければNHKの番組に耐えられる映像になるんですね。
(佐野)超望遠など特殊な撮影にはまだまだですが、通常のドキュメンタリーを撮るのであればスマホで十分のクオリティがでます。