佐野広記さん

NHKディレクター。1980年生まれ。2006年NHK入局。NHKスペシャルの大型シリーズ「NEXT WORLD」「AIに聞いてみた どうすんのよ!?ニッポン」「東京リボーン」「デジタルVSリアル」などを制作。放送記念日特集「フェイクニュースとどう向き合うか」、特集ドキュメンタリー「ありのままの最期~末期がんの”看取り医師” 死までの450日~」など。

今回は「メディアのデジタル化」についてお話したいと思います。メディアと言えば、かつては新聞・テレビ・雑誌・ラジオを指していましたが、現在ではオンラインメディアが急伸しています。日々膨大な量の情報が流れるオンラインメディアでは多種多様なツールと発信者がいて、中には誤った情報(フェイクニュース)も潜んでいます。

最近でいうと、「新型コロナウイルス感染症は26度のお湯を飲むと予防できる」「ワクチンを接種すると不妊になる」など新型コロナ関連のフェイクニュースが多いと感じます。

悪意なく誤った情報を流してしまったケースだけでなく、利益を目的として組織的にフェイクニュースが作られている場合もあります。たとえば、「スイスの生物学者ウイルソン・エドワーズ」を名乗るアカウントから、米国が世界保健機関(WHO)に新型コロナの発生源を中国で特定するよう圧力をかけている、という投稿があって、中国メディアが拡散しましたが、実は「ウイルソン・エドワーズ」なる人物は実在せず。中国の捏造だともいわれています。

このような意図的なフェイクニュースはどのように作られているのでしょうか。2018年に「フェイクニュース製造村」を取材したNHKディレクター・佐野広記氏に話を聞きました。

(聞き手:ITOMOS研究所 所長 小倉健一)

フェイクニュースで高級車を買う

(佐野)2018年にフェイクニュースの特集を行いました。世界ではフェイクニュースで争いが起きて、人が死ぬことがあります。日本でも起こり得ると思います。東欧のマケドニアにフェイクニュースの製造村があると聞いて、2週間、現地に取材に行きました。

(小倉)NHKのディレクターは、取材現場へどんどん行くんですね。

(佐野)ディレクターは番組の企画を練る人というイメージはあるかと思いますが、企画を作って台本をまとめ、編集、撮影、音声などを担当するメンバーをチームとして組織して、現場で取材をして、取材後の映像編集にも携わります。どのカットを使うか、どんなテロップを入れるか、それぞれのプロと組んで番組を作ります。放送終了後に視聴者からコールセンターへ寄せられるご意見にお答えもします。

(小倉)幅広い。現地まで行くとなると大変ですね。マケドニアにフェイクニュース製造の本拠地があるというのはどうやって知ったのでしょうか。

(佐野)BuzzFeedという外国メディアが詳細な調査を行っていて、その記事で知ったのが端緒でした。その後、現地に住むコーディネーターに依頼して実態を取材してもらいながら、企画を練りました。

(小倉)2016年頃、トランプ大統領(当時)が言っていたフェイクニュースって、CNNやNY Timesなど、トランプ元大統領にとってのイデオロギー上の「敵」がいて、その敵を叩くためのワードとして用いられたり、あるいは権力者同士の争いのもとで、双方が仕掛けているものが多かったように思います。

(佐野)私が取材してきたのは、そういった政争によるものではなく、純粋にカネ稼ぎのためにフェイクニュースを作っているものなんですよ。

製造拠点はマケドニアのヴェレスという人口4万人あまりの地方都市にありました。古い建物がたくさんあって、バンパーが外れている車が走っている。けして豊かな都市ではありません。ただ、みんなスマホは持っていました。そしてフェイクニュースを書いている若者たちは高価な指輪をしてピカピカの高級車に乗っていました。

(小倉)フェイクニュースを書いてPVを稼いで、ボルボやベンツの高級車を買っていると(笑)

(佐野)最初は取材拒否をされました。Googleやfacebookはフェイクニュースのサイトを厳しく規制しています。取材は受けたくないし、ましてや顔出しなんてNGだと言われました。それで、現地の高級車ディーラーに取材を受けてくれる人を紹介してもらえないかとお願いしたり、コーディネーターに1カ月前に入ってもらって、なんとか取材にこぎつけました。

(小倉)なるほど。急に羽振りが良くなった若者たちが、そこでつながってるんですね。その若者たちは、誰かお金持ちの人に委託をされて記事を書いているのか、あるいはPV稼ぎのためにやっているのか、どちらでしょうか?

(佐野)後者です。純粋にPVを稼いで広告収入を狙っているんです。

どんなフェイクニュースを作っているのか、見せてもらいました。『速報 ドナルドトランプが心臓発作で死亡』というタイトルで、トランプ大統領(当時)がネクタイをしたまま倒れている写真のついた記事とか、「トランプ大統領がネバダの砂漠に外国人を収容する」という記事とか。CNN等の記事をベースにしながら、タイトルや画像を変えて支離滅裂な内容になっていました。それで月60万円ほどの収入になるんだそうです。

(小倉)そもそもなんでマケドニアなんでしょうか。

(佐野)マケドニアにPVを稼ぐことを教える有名な先生がいるんです。PVを稼ぐための言葉の使い方指導もしていて、たとえば「大きい」「すごい」ではなく、「天井知らず」「途方もない」という表現が良いよ、とか。私も勧誘されましたよ。「君ならタダでボクのチームに入れてあげる。すごい稼げるよ」って。断りましたが(笑)。ちなみに彼だけは最初から取材OKでした。

ナイアガラの滝が凍結!?

(小倉)フェイクニュースに騙される人は何故騙されるんだと思いますか。

(佐野)誰しも専門外の情報は、あまり疑問を持たずに受け取ってしまうと思います。例えば、「ナイアガラの滝が凍結」というフェイク記事がありました。滝が凍ったように見える写真もついていて、SNSでも拡散していました。実際には滝は凍結などしていなかったのですが、私も目にしたとき、そんなこともあるのかな?くらいに流してしまいました。たくさんの情報が押し寄せるなかで、1つ1つ「これはフェイクなのか」と深く考えない。そして気になってクリックしてしまった人は多いと思います。クリックすれば、フェイクニュースを作った人にお金が入るというわけです。

(小倉)まあ私の古巣も「『涙がでそう。』飯島氏が初めて語る『中居くんについて思うこと』」とか、「コロナタワマンの惨劇!『トイレ逆流パンデミック』で42人が死亡」という気になる見出しをつけて、かなりバズってましたけど(笑)

そもそもマスコミって型にはめた取材をしがちですよね。2021年の東京オリンピックの時もBBCがホームレスを取材して、困っている人たちがいると報じていました。でも、別のメディアを見ていたら、そのホームレスは任天堂DSをやっていて、食うに困っていないと。「オリンピックの裏側でかわいそうな人がいる」っていう型にはめた報道をしてしまう。型にはまっているから、誰も疑問に持たないのかもしれないですね。ニュースを作る側も肝に銘じないといけないと思います。