1年で200万部超の減少

小倉健一・ITOMOS研究所長)雑誌市場は急激な縮小が見られており、5年後には絶滅するという見方をするメディアも出てきました。ただし、報道業界でより深刻なのは新聞業界といわれています。いよいよ、「紙媒体」は終わっていくのでしょうか。 

(佐藤健太氏)新聞業界は「斜陽」と言われて久しいですが、今後はさらに厳しくなると言わざるを得ません。先日、ある全国紙の幹部と独自にシミュレーションをしたのですが、経営状況の先行きは悲観的なものでした。その理由を1つあげると、あまり知られてはいないことですが、実は新聞社には「2024年問題」という危機が迫っているからなんです。これは、新聞製作に欠かせない高速で大量に刷る輪転機の多くが「寿命」を迎え、更新しなくてはならないタイミングを意味します。最近の動向を見ると、新聞製作に用いる輪転機は2004年の操業開始が多いことがわかります。数十億円の輪転機の「寿命」は20年程度とされています。つまり、2024年頃に新聞社は新たな手を打つ必要に迫られることになるのです。部数減が著しい中での巨額の支出は企業の体力に直結します。このままだと、場合によっては新聞社の合併・買収という話も現実味を帯びてくる可能性があるのではないでしょうか。

間中健介・WITH所長)新聞社の輪転機って、大型冷蔵庫が何台も並んでいるような規模感で、すごい大きいですよね。設備維持コストも大きい気がします。新聞社の合併の前に、複数社で輪転機をシェアする“輪転機シェアリング”も進むでしょうか?

(佐藤)日本の新聞は宅配制度に支えられています。そのため、短い時間で大量に印刷する輪転機の高速化が「鮮度」を保つ上で重要になっているんです。販売店ネットワークも含めたコストは非常に大きい。1970年代の最高印刷速度は毎時15万部程度でしたが、発行部数の増加やカラー化に伴って高速化が進み、2007年には世界最速となる毎時20万部の輪転機が登場しました。たしかに技術的には日進月歩なんですが、取材をするのも記事を書くのも人間、家庭に配達するのも人間です。新聞業界のコストは簡単に抑えられる構造にはなっていません。全国紙と地方紙など同業他社で協力する枠組みは進んでいますが、今後はコスト面を含め一層連携していくことが迫られるでしょう。

(小倉)日本新聞協会の調査によれば、日刊113紙の総発行部数は3,302万部(2021年10月)で、前年比200万部を超える落ち込みです。1世帯あたりの部数は0.57部と、「新聞が読まれない時代」に入っていますね。確かに、スマホをひらけば無料のニュースは充実しています。

(佐藤)新聞業界は今、「生きるか、死ぬか」の瀬戸際にあると言っても良いでしょう。かつては、読売新聞が「発行部数1,000万部を記録した」と胸を張っていましたが、その読売でさえも日本ABC協会の報告部数で1994年は1,002万部を記録していたものが、直近で700万部程度にまで落ち込んでしまいました。新聞業界全体では3年間で700万部近くも減少している。すなわち、「読売新聞」1社分が失われた計算になります。これは「深刻」という言葉では語れないほどの意味を持っています。

(小倉)私は日経新聞、朝日新聞、産経新聞、ウォール・ストリートジャーナル、ダイヤモンド、日刊ゲンダイを購読していますが、読むのはデジタル版のみです。ただし、日曜日の日経だけ紙で読みます。美術作品が大きく掲載されているからです。日本において「紙の新聞が読まれなくなった」原因は何でしょうか。

少子化で新聞が窮地に

(佐藤)その理由は大きく分ければ、「活字離れ」と「利用価値の喪失」という2つが考えられます。1つ目の活字離れという点では、全国紙の4割程度を占める読売新聞を例にとれば、世帯普及率は1割を超えてはいます。推定される読者数は回読人数も考慮すれば1,800万人程度です。ただ、問題なのは購読者の年代です。30代以下は3割弱で、50代以上が6割近くを占めています。インターネットが普及し、誰でも、いつでもスマホで簡単にニュースにアクセスできる時代になっており、「新聞を買って読む」という動機は失われてきています。超高齢社会が到来し、今後も少子化・高齢化が続いていけば、新聞業界がますます窮地に陥っていくのは間違いありません。

2つ目の「利用価値の喪失」は、デジタル時代に急速に訪れました。昔は、新聞社に記事や広告を掲載してもらうことは企業の商品・サービスをPRする上で大変重要なものと言えました。しかし、それらはウェブ広告やネットメディアの誕生でそれほどの意味をもたなくなってきた。要は、高い広告掲載料や記事掲載につながるアプローチをしなくても、より安価で幅広い層にアピールできる環境が誕生した。日本新聞協会が公表している「新聞広告費・新聞広告量」の推移を見れば、その傾向は明らかです。2000年に新聞広告費は1兆2,474億円ありました。それが2021年は3,815億円にまで激減しています。新聞社の基本的な収入構成は6割近くを販売収入が占めていますが、広告収入が落ち込んだ結果、新聞社の総売上高はほぼ半減しました。

(間中)購読者の財布の事情から考えても、この10年、可処分所得が伸びないなかで携帯電話会社への支払いやWi-Fi回線利用料が増えた分を捻出するために、新聞購読を止めたご家庭も少なくないということでしょう。新聞を止めることは、他の支出を削るよりも容易です。

広告市場全体はコロナ禍の激減を除けば長期的には伸張傾向にあります。特にSaaSモデルの成長フェーズの企業は莫大な広告宣伝費を投じています。「ビズリーチ!」を運営するビジョナルは95億円の広告宣伝費を投下していますが、これは同社売上の3分の1に匹敵する規模です(2021/7決算期)。これは三菱地所よりも多い額です。メルカリも売上の30%に相当する314億円の広告宣伝費を投下していますが(2021/6決算期)、これは売上規模で同社の30倍近いキヤノンよりも多い額です。
東洋経済オンライン「広告宣伝費」が多いトップ300社ランキングを参照)

大企業は広告宣伝費以外の費目で社会貢献、ブランディング、従業員エンパワメントなどにも取り組んでいるので一概には言えませんが、社運を賭けるぐらいの規模で広告宣伝に資源を投じるデジタル系新興企業に対して、新聞社はどのように向き合ってきたのでしょうか?

あと、日本新聞協会のデータを見ると、スポーツ紙は20年間で6割以上の減少です。一般紙に比べてスポーツ紙の減少が早いことの背景をどう見ていますか?

(佐藤)その点は、まさに新聞業界にとって「耳の痛い話」でしょう。後ほど新聞社の経営体質についても触れたいと思いますが、スタート時点で新聞を含めたマスメディアは「デジタル」と距離を置いてしまったことが今日の姿につながっていると感じます。象徴的な例を1つあげると、2005年にライブドアがニッポン放送をめぐり敵対的買収を仕掛けたことがありました。ニッポン放送株取得を通じ、その子会社であるフジテレビの支配を狙ったといわれて注目を集めた買収劇でしたが、実はこの時がマスメディアと「デジタル」の関係をいかに整理すべきかを考えるターニングポイントだったと思います。結論は、全てとは言わないまでも「距離」を置く会社が多かった。当時も「ITとメディアの融合」の可能性は議論されていましたが、デジタル系新興企業とは別の道を進むという選択をしたわけです。最近になって、既存メディアもいろいろな試みをしていますが、もっと早い段階で「デジタル」の道に舵を切っていたメディアがあれば今の姿は全く変わっていたかもしれません。

スポーツ紙の発行部数激減も「デジタル」とは切り離せません。もちろん、伸びない可処分所得がエンタメや娯楽などの節約につながっている点は大きい。急激にシュリンクする中で有能な人材が流出していった負の面も小さくないでしょう。ただ、今の時代、スポーツはネットで検索すれば、あっという間に結果を見ることができる。それだけでなく、自分が見たいと思った選手のプレーや試合そのものを動画ですぐに手に入れることが可能です。解説動画も溢れていて、プロ野球の試合を野球場に来て観戦しているのに、スマホ片手に生中継を同時に見ている人もいる。決して「速報性」では叶わないものに対して、どのように付加価値をつけられるのか悪戦苦闘しているのではないでしょうか。

(小倉)出版メディアも乗り越えていませんが、新聞業界も「ネットの荒波」を乗り越えられなかったということですね。

(佐藤)電通の発表によると、2021年の総広告費は前年比110.4%の6兆7,998億円です。好調なのは、やはりインターネット広告費。前年比121.4%の成長で2兆7,052億円となり、初めてマスコミ4媒体(新聞・雑誌・ラジオ・テレビメディア)の広告費を上回った。マスコミ4媒体の広告費も2兆4,538億円に上りますが、急速なデジタル化でネット広告の後塵を拝す状況は続くでしょう。

(小倉)新聞がデジタル化への対応が遅れた理由は何だったと見ていますか。

(佐藤)それは一言でいえば、「殿様商売」だったという点は否めないと思います。規模が大きい新聞社は時代の荒波に臨機応変に組織・体制を変えることができず、同じことをいろいろな部署でやってしまっているという話をよく聞きます。様々な新聞社の方々から話を聞いて感じるのは、新聞社の経営陣に「経営者」不在のケースがあるということです。新聞社の多くは代表取締役が編集記者出身です。「〇〇賞を獲った」「特ダネを書いた」というような優秀な記者だった人々で溢れている。しかし、それはあくまでも新聞業界でのみ通じる話です。プロスポーツの世界でも「一流の選手だった人が、指導者でも一流とは限らない」ということがありますが、新聞業界も同様のはずです。経営にタッチしてこなかった優秀な編集記者が経営者として一流とは限らない。その結果、業界の先行きもにらみながら経営戦略を打ち立て、組織全体を見ながらマネジメントしていく手腕とスピードに問題が生じていると思います。

大手新聞社は依然として日本有数の大企業である

(間中)大手新聞社は企業体としてみれば、我が国有数の大企業です。読売新聞の基幹6社の売上高は3,067億円(2021年度)、朝日新聞は連結で2,937億円(2021年度)です。大丸や松坂屋を傘下にするJフロントリテイリングや日本マクドナルドに匹敵する規模です。

新聞社って、私はB to Cのインフラ事業体であり、コンテンツプロバイダーでもあると思っています。しばしば、新聞というインフラの低迷に歯止めをかけたいという議論と、新聞社というインフラ事業体を成長させるという議論がゴチャゴチャになっている気がします。

新聞記者の知人たちからはこの10年、何百回も「新聞に将来はない」という話を聞いているのですが、これはあくまで紙の新聞が読まれなくなっていくという話。

一方で「新聞社に将来はない」かというと、彼らは依然として大企業としての資本力を有し、高いコンテンツ制作力と、分厚い顧客層を持っています。例えば、新聞社という事業体が現有戦力を生かしてオンライン証券事業に進出したり、審美ビジネスや介護事業に進出したりすれば、各産業のプレーヤーには脅威だと思います。

(小倉)新聞業界はリストラが進んでいるイメージです。出版社大手はデジタルでマンガが売れまくっているので、バブル以来の高収益に沸いています。この点はすごく対照的に映ります。

(佐藤)2021年に読売新聞のライバルである朝日新聞が45歳以上の希望退職者を募集したことが話題になりましたが、毎日新聞や産経新聞、通信社などでも人員整理は訪れています。かつてない部数減に収益が追いつかず、リストラをやらざるを得ないという判断でしょう。ただ、企業は「稼ぐ力」を得ていかなければスリム化をいくらしても一時しのぎにしかなりません。また、5年もすればリストラがやってくると現場の社員は戦々恐々としています。新聞社の年齢構成は歪になってきており、幹部社員はバブル入社組が占めて「上」が詰まっている状況にある。逆に若手・中堅は業界の将来を悲観して辞めてしまっており、「デスクのなり手がいない」との悲鳴も聞こえます。経営に関与しない編集委員や論説委員にも高齢な社員が多く、「名ばかり委員」も少なくない。こうしたポストを減らす社もありますが、結局は「稼ぐ力」を増やさなければ抜本的な改善とはなりません。

(小倉)「斜陽」の現場は大変な状況になっていると聞きます。私自身、新聞記者に奢ることも多くなってきました。雑誌でお小遣い稼ぎの匿名原稿を書いているのは、大体、産経か毎日の記者が多い。そのことは彼らの苦境を物語っているように思えます。


(佐藤)いろいろな新聞社の方々から相談をいただくのですが、深刻にとらえている社員は多いです。人材流出も激しくなってきました。以前は同業他社に移る人が多かったのですが、最近はマスコミ以外に転じる人も少なくない。本来であれば、その新聞社を中核で担う人材の流出はとても損失が大きいものでしょう。その一方で、経営陣には時代に対応する戦略が見えないものの、会社そのものが潰れてしまうことはないと感じている社員も多い。一流の大学を卒業し、大変な就職活動を経て新聞社に入ったことを考えれば、簡単には辞めたくないというのはある意味当然です。スキルが他の業界で活かしにくいという点から転職に踏み切れない社員も多いですね。

(小倉)出版メディアが中途採用を募集すると、大体、新聞記者からの応募が殺到します。首相官邸番の現役記者も新聞を逃げたがっていると聞きます。新聞業界は「ブラック」のイメージがあります。働き方改革が始まり、法律も変わりましたが、何か変化は見られますか。

(佐藤)働き方改革で大企業は2019年4月から、中小企業でも2020年4月から時間外労働の上限規制が適用されました。法定労働時間は「1日8時間、週40時間」ですが、労使の合意があれば時間外労働が可能です。ただ、時間外労働は原則「月45時間・年360時間」までとする上限が適用されるようになりました。

典型的な過重労働である長時間労働は、心身の健康に重大な影響を与えることは知られています。長い労働時間や不規則な勤務、作業環境などによって過度に身体的・精神的負荷のかかる日々を送り、睡眠不足に陥ればメンタルヘルス不調につながります。メンタルヘルス不調は従業員本人だけでなく、職場全体、経営上のマイナスです。事業者や管理監督者はこうした観点からの対策を求められています。

特異ともいえる新聞社の勤務環境を見ると、最近は「不可解なケース」も見られています。全国紙のある編集記者の話を例にあげましょう。その記者は午前9時に出社し、その後はいつも通り取材先に向かったり、記事を書いたりしていました。無事に出稿し、朝刊早版の降版が終わる午後9時前後まで会社にある机で赤字をチェックしていた。ここまでに拘束されている時間は12時間です。それから、翌日の取材に向けた準備などをしてから帰宅すると、もう深夜です。月末に勤務時間を申告すると、担当部長が人事労務管理スタッフから注意を受けることになりました。要は「なぜ、こんなに長時間勤務となっているのか。しっかり範囲内にとどまるよう管理せよ」ということです。

担当部長から話を聞いた記者は「忖度」するようになります。長時間労働をしていることが続くと、産業医との面談などがあります。記者はそれを面倒と感じ、人事評価にマイナスになるとの不安が生じました。その結果が「サービス残業」です。実際には労働していても、勤務表上は時間外労働が少ないことになる。上司からは「あまり会社には上がってこないで欲しい」と言われ、やむなく喫茶店などで仕事をしている記者もいると聞いています。コロナ禍で在宅勤務も多くなっている今、勤務実態はさらに見えにくいものになっていると思います。

(小倉)かなりブラックですね。

(佐藤)これは新聞社の方々から寄せられた声で、現実に起きている話です。他にも「10年表彰」「20年表彰」といった永年勤続表彰を受けた社員はリフレッシュ休暇を取得できますが、それを実際に利用すると他の社員に迷惑がかかってしまうとの理由で、実際には利用していなくても「利用した」と申告していたケースもあります。長時間労働は大手広告代理店の件が問題となりましたが、新聞社も労働基準監督署から是正勧告を受けるケースも見られています。1週間の休日を3日にする制度が欧州で模索され、日本でも日立製作所やパナソニックが「選択型週休3日制」を導入する方針を明らかにしましたが、新聞社に限らず、もっと「働く」ということの意味を経営陣も従業員も真剣に考えなければならないでしょう。

(小倉)新聞業界はどのように活路を見いだすのでしょうか。リストラが活路なのかもしれませんね。小さくなって、わずかばかりの収入で生きていけるまで落ちれば経営者としては助かったと言うことなのでしょうか。

(佐藤)一言で言えば、「紙とデジタルの融合」でしょう。米国では早くから見られていましたが、日本の新聞業界もこのまま「紙だけ」で勝負することは困難です。デジタル時代に対応できる大転換を図らなければ生き残っていけません。PVを集め、ネット広告でも存在感を発揮するほかない。現状はネット広告全体が高い伸びを示す一方で、新聞社の伸びは小さい。「紙」の読者とオンラインの読者が共食いにならないようにしながら、「新聞を読まない人々」にいかにアプローチできるかが勝負となります。

新聞業界での成功例は日本経済新聞です。専門性が高く、上場企業の社員などビジネスパーソンに多く読まれている日経は「有料会員向けコンテンツ」などでデジタル転換を図りつつあり、「勝ち組」といえるでしょう。朝日新聞もYahoo!ニュースに流し、自社サイトに誘導する戦略は一定の成果を生んでいると言えます。ただ、最大手の読売新聞はまだ戦略が固まっているとは見えません。Yahoo!ニュースに掲載されるものには短い記事だけを流し、「他の記事を読みたければ有料会員に」という自社サイトを重視するスタイルが受け入れられるかどうか。

日本新聞協会によると、すべての記事が無料の「無料ニュースサイト」は36社が取り組み、「ペイウォール型」(無料記事+有料会員限定記事、一部記事は無料)は2番目に多い33社で、3位はサービスの購入者のみが利用可能な「有料電子版」(26社)となっています。日本の新聞業界は配達する販売店ネットワークの大きさが重要だったわけですが、今後は発行部数や販売店網ではなく、質の高いコンテンツをデジタルで読者に提供できる新聞社が有料会員を多く獲得し、「勝ち組」になっていく。無料会員も増えていけば、ネット広告の問題も解消するでしょう。

これまでは「紙」を優先し、デジタルと分けていた体制を抜本的に作り変え、コンテンツはデジタルファーストを意識する必要があると思います。そのためには、経営者が明確な経営戦略を打ち立て、それらを実行していく人材確保と体制を整えることが欠かせません。これからは「発行部数」よりも、いかにデジタル化に対応しているのかということが新聞社の価値を決めることになるでしょう。