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今、すべての企業が直面する「テレワーク」という課題
新型コロナウィルス感染拡大の影響により、多くの企業が従業員に在宅勤務や自宅待機を要請せざるをえない状況に追い込まれています。以前からテレワーク制度を導入していても、社員全員が一度に、これだけ長期間のテレワークを行うのは初めて、という企業も多いのではないでしょうか。なかには、突然の事態に社内の環境整備が追いつかず、感染の不安を感じながらも出勤せざるをえない、自宅でできる仕事がなく休業状態にある、正社員と同様の仕事をしているにもかかわらず、非正規雇用という立場から不合理な待遇を受けている、などのケースもあるようです。
第二次安倍政権は、一億総活躍社会を実現するための重要な手段としてテレワークを掲げ、これまでにさまざまな政府施策を打ち出してきました。その一環として、2017年からは東京オリンピックの開会式にあたる7月24日を「テレワーク・デイ」とし、企業に対して一斉テレワークを呼びかける取り組みなども行っています。しかし、実際には認知や導入がなかなか進んでいません。国土交通省が2019年10月に、就業者4万人に対して実施した「テレワーク人口実態調査」では、「テレワーク」という働き方を認知している人の割合は、3割程度にとどまっています。
今回の新型コロナウィルスの感染拡大は、好むと好まざるとにかかわらず、すべての企業に「テレワーク」という大きな課題を突きつけました。テレワークを今回のような感染症や自然災害があった時の緊急対応としてのみ導入するのか、従業員の多様な働き方の選択肢の一つとして提供するのか、はたまたオフィスに集まるという概念を完全に捨て去り、フルリモートで事業を行っていくのか−−ひとことでテレワークといっても、その働き方は実に多様で、企業の規模・事業内容・人員体制・ビジネス上の課題などによって、導入目的や導入方法もさまざまです。
「新しい生活様式」・「ウィズコロナ」・「アフターコロナ」などの言葉が登場しているように、今回の感染拡大が終息を迎えたとしても、いつまた感染の波が戻ってくるかはわからず、完全に以前の生活スタイルに戻るということは考えづらい状況です。新型コロナウィルスは、それほどまでに社会に大きな打撃を与え、人々の価値観を揺さぶっています。「働き方」に対する考え方にも大きな変化が生まれつつあり、テレワークに関しては、もはや「導入するかどうか」を検討するのではなく、「どうやって導入するか」を検討しなければならない段階に来ています。
「ウィズコロナ」・「アフターコロナ」の企業のあり方を考えるうえで、今、取り組むべきテレワークとは、そもそもどのような働き方であり、導入するためには何が必要なのでしょうか。
そもそもテレワークとは何か?
総務省の定義では、テレワークは「 情報通信技術(ICT = Information and Communication Technology)を活用した時間や場所を有効に活用できる柔軟な働き方」とされています。もう少しわかりやすく説明すると、テレワークとは「ICTを活用し、普段のオフィス・仕事場とは違う場所で仕事をする」ことです。テレワークは、働く場所によって、在宅勤務・モバイルワーク・サテライトオフィス勤務の3つに分けられます。
在宅勤務
自宅を就業場所とする働き方。
モバイルワーク
移動中の交通機関や、顧客先・カフェ・ホテル・空港のラウンジなどを就業場所とする働き方。移動の隙間時間・待機時間を使って効率的に業務を行うことができます。
サテライトオフィス勤務
勤務先以外のオフィススペースを利用した働き方。サテライトオフィスには自社や自社グループ専用で利用する専用型と複数の企業や個人事業主が利用する共用型があります。共用型サテライトオフィスはシェアオフィス・コワーキングスペースなどとも呼ばれ、最近は企業が契約して、従業員に利用させるケースも増えています。オフィス機能をさまざまなところに分散させることで通勤コストを削減できるほか、最近では地方やリゾート地にサテライトオフィスを設けることで、多様な働き方を促進する企業も増えています。
テレワークが注目される社会的背景
昨今、テレワークについての議論が活発化してきた社会的背景の一つに、労働人口減少の問題があります。少子高齢化による人材不足が、今後さらに深刻になることが予想されるなか、テレワークをはじめとする多様な働き方を導入することは、優秀な人材を確保するために欠かせないものとなります。ビジネス環境が激しく変化し、人々の生活環境や働き方も多様化・個別化している今、多様な働き方を認め、生産性を向上する働き方改革は、企業が生き残るための重要な手段となっています。
また、通信が高速化・大容量化し、業務アプリケーションやWeb会議システム・チャットなどの高性能なコミュニケーションツールが低価格で利用できるようになってきたことも、テレワークの普及を大きく後押ししています。こういった社会的背景を考えても、テレワークの利用拡大は企業にとって避けられないものだといえます。

テレワーク導入の第一歩は、目的を明確にすること
さて、いざ自社にテレワークを導入しようとした場合、一体何から始めればよいのでしょうか。最初の一歩となるのは、「何のためにテレワークを導入するのか」という導入目的を明確にすることです。導入目的として何を重視するのかを具体的に絞り込むことではじめて、どのような形態のテレワーク制度を導入するのか(制度の内容)、その制度をどのように、どの範囲で導入していくのか(導入の手順)が明確になります。導入目的と構築する制度内容は相互に深く関係します。場合によっては業務フローや人事評価システムの見直しも必要となり、導入コストや導入期間も大きく変わってきます。
もし企業としての目的を示すことなく、安易にテレワークを導入・開始してしまったら、コストの増加を招くだけでなく、社内コミュニケーションや業務効率に悪影響を与えかねません。ありがちなのは、企業側は生産性の向上を期待してテレワークを導入しているのに対し、従業員側は福利厚生的な制度だと認識しているため、ねらったような効果が生まれないというケースです。もし働き方改革や生産性向上につながるテレワークを目指すのであれば、テレワークを単なる人事制度としてではなく、経営戦略としてとらえ、会社としての目的を明確に示すことが必要です。もちろんすぐに最適解を導き出すことはできません。いくつかの目標を掲げ、優先順位をつけ、PDCAサイクルを繰り返しながら、少しずつ理想に近づけていくことになります。
では、一般的にテレワーク導入で期待できるメリット・デメリットには、どのようなものがあるのでしょうか。
テレワークのメリット
自然災害や感染症拡大時の事業継続性(Business Continuity Planning : BCP)の確保
テレワークでいつでもどこでも仕事ができる体制を構築しておくことで、緊急事態下でも事業を継続して行うことができます。
優秀な人材の確保
テレワークを導入していれば、育児・介護と仕事を両立しなければならない、また家族の転勤で居住地が変わってしまうなどの理由による優秀な人材の離職を防ぐことができます。また地方在住者や海外在住者など、採用できる人材の幅も広がります。テレワークをはじめとする柔軟な働き方を提供している、ということを社外にアピールできれば、採用活動でも有利になります。
ワークライフバランスの向上
テレワークによって通勤時間が削減されることで、時間を有効に使うことができ、通勤による体力的・精神的負担も軽くなります。育児・介護との両立にも役立ち、リゾート地でのサテライトオフィス勤務などでリフレッシュすることもできます。
生産性の向上
ICTを活用し、いつ・どこにいてもオフィスにいるのと同じように働くことができる体制を整えておけば、業務効率向上が期待できます。オフィスから離れて少し環境を変えることで、業務への集中力が高まるという効果もあるでしょう。一方で、テレワークで生産性向上を実現するためには、場所を変えるだけではなく、仕事の進め方そのものを同時に見直していくことも重要な要素となります。
オフィスコスト削減
テレワークの導入によって出社する社員が減れば、通勤費用も低減でき、フリーアドレス制などと組み合わせることで、オフィス面積の効率的利用や備品をはじめとするオフィスでのコストの低減が期待できます。
テレワークのデメリット
仕事と私生活の区別が曖昧になる
テレワークではどこでも仕事ができるので、私生活との区別が曖昧になり、長時間労働が誘発されがちです。業務量やすすめ方などを適切に管理できなければ、サービス残業などが起きてしまう可能性もあります。ストレスマネジメント・健康管理・安全配慮義務などを考慮した仕組み作りが必要です。
業務効率の低下
とくに在宅勤務で、業務に集中できる環境を作れない場合には、出社時よりも業務効率が低下してしまう恐れがあります。また必要書類がデータ化されていない場合、遠隔地でデータをすぐに共有することができず、情報共有のための何らかの作業がプラスされることになってしまいます。個別で作業した方が集中できる業務もあれば、チームで顔を合わせて進めていく方が効率的な業務もあります。どのような業務がテレワークに適するかの切り分けを丁寧に行う必要があります。
セキュリティ上の懸念
社外で業務を行うために文書やデータを社内から持ち出す必要がある場合には、セキュリティ上のリスクが増大します。しかし、セキュリティ対策は必ずしもテレワークだから重要というわけではなく、社内のデジタル化にともない、日頃からしっかりと行っておく必要があります。
コストの増大
テレワーク導入にあたっては、セキュリティ対策や情報通信機器、システムの構築などに新たなコストがかかる恐れがあります。しかし、最近ではさまざまなクラウドサービスが提供されており、低価格・短期間で必要なデジタル環境を整えることができます。将来の働き方改革を見据えたテレワーク導入であれば、必要な投資であるともいえるでしょう。
組織の一体感の低下
テレワークによって、チームメンバーの顔が見えなくなると、例えば部下がちゃんと仕事をしているのか不安になってしまったり、コミュニケーションが不足することでチームの生産性が低下してしまったりする恐れがあります。既存のタスク処理はできても、新しい仕事を作り出すことが難しく、社員のモチベーションにも悪影響が及ぶ恐れがあります。顔と顔を合わせなくても十分なコミュニケーションが取れるような仕組みを構築する必要があります。
テレワーク導入をきっかけに、働くことへの「固定観念」を見直す
テレワークのメリット・デメリットを見てわかるように、オフィスに出社して行っていた業務をオフィス以外のところで行えば、テレワークを達成できるという単純なものではありません。本当に効果のあるテレワークを実施するためには、資料の電子化・会議やコミュニケーション手段の見直し・勤怠管理や人事評価方法の見直しなど、業務そのものを見直していくことが不可欠です。例えば、育児・介護との両立のためにテレワークを導入するのであれば、在宅勤務を許可するとともに、労働時間管理をどのように行うのか、仕事の成果はどう評価するのかなど考慮すべき点は多数あります。
どのような目的でテレワークを導入するにしても、これまでのような「働くこと=出社すること」、「仕事を頑張っている人=長時間働いている人」という固定観念を変えない限り、テレワークを成功させることはできません。逆にいえば、テレワークの導入をきっかけに、「働く」とはどういうことなのか、「仕事の成果は何なのか」を見つめ直すチャンスが生まれます。私たちの無意識の思いこみにメスを入れることができる、という点が、もしかしたらテレワークを導入する最大のメリットなのかもしれません。