間中健介 MANAKA Kensuke
慶應義塾大学 大学院政策・メディア研究科 特任助教
経済社会保障政策アナリスト
衆議院議員秘書、愛・地球博広報スタッフ、創薬会社起業、内閣企画官等をへて現職。関心テーマは人的資本投資とオープンイノベーション
■より早期に、より大きく、戦略を買う
Silicon Valley Bank(SVB)が今秋公表したレポート「The State of CVC」の2022年版によると、世界のCorporate Venture Capital(CVC)の58%が、スタートアップとの初回のミーティングから2か月以内に取引を成立させています。急速な利上げで投資環境は決して順風でなかったにもかかわらず、1年前の調査の47%から上昇しています。投資規模については36%のCVCが案件の30%以上となっており、リード投資家となるCVCが増えている様子がうかがえます。また、CVCによる親会社を巻き込んだ案件組成は大半が3か月以内に成立しています。
事業会社の傘下にあるCVCは、独立系VCに比べて意思決定に時間を要したり、Risk Averseつまりリスク回避的という前提で語られることが多いですが、直近の調査はその前提が変わっていることを示しています。CVCは一義的にはキャピタルゲイン狙いよりも親会社のグループ経営戦略の遂行・高度化の意図で行動しますので、グローバル企業間での「戦略を買う」スピード争いのし烈さがうかがえます。
たいていの場合、この文章に続くのは「日本企業は欧米企業や新興国企業と比較して意思決定が遅く、リスク回避志向である」というフレーズですが、今回はそういう単純な議論をしたいわけではありません。日本企業のなかにも意思決定が早く、Risk Seekingな行動をする企業は少なくありません。
Silicon Valleyに限らず世界のベンチャーコミュニティは「売り手市場」です。ベンチャー側が出資を依頼するプロセスでは、資金提供をする大企業の側も資本業務提携のメリットをプレゼンし、ベンチャー側からの信頼を獲得する姿勢が求められます。日本国内でも有望大学発スタートアップのもとには多くの企業が日参し、提携話を持ち寄っています。
CVCを設立するということは、売り手市場の前提に立って、会社とベンチャーとを伴走させることです。喉から手が出るほど欲しいベンチャーであれば会社の現業部門のリソースを削ったり、既存株主の権利を希薄化してでも出資するという経営行動が要求されます。「ベンチャーは未熟でサービス品質は未知数だ」と言って現業の下請業務の発注に留めたり、技術探索のための活動に留まるのであれば、そもそもCVCを設立する必要はありません。ベンチャーが未熟で未知数なことを百も承知のうえで世界トップ企業のCVCは行動しています。いくつかの日本企業のCVCも世界標準の行動を進めています。
■1回目のミーティングで結論を出す
日本企業を一括りに論じるのは本意ではありませんが、いろいろな場面で日本企業の意思決定は遅いと言われます。確かに欧米企業や新興国企業の30代マネージャーはミーティングの場でYesかNoを決断しますが、日本企業の30代マネージャーは「社に持ち帰って検討します」が常套句です。ですがその後の進捗を見ると、日本企業は社に持ち帰って決定したらその後の動きは早く、一方の欧米企業や新興国企業は当初の決定が二転三転したり、決定してからの作業が遅かったりすると言われています。
つまり、日本企業が1回目のミーティングで結論を出すことに慣れていけば、世界最速の経営が実現できるかもしれません。国内大企業同士のミーティングに慣れていると初回の打ち合わせは「顔合わせ」の場となりがちですが、起業家と投資家には顔合わせに時間を使う余裕は無く、初回から勝負に出て、相手を“ピン止め(相手に何らかの要求をし、タスクをすることを約束させる)”しないといけません。ミーティングに部下を送り出す上司は、このことを理解して部下に準備をさせ、交渉責任者として部下に全幅の信頼を与え、裁量を持たせる必要があります。
万が一、部下の判断が適切でないとしても、後から判断を修正すればよいのです。そもそもベンチャービジネスはアジャイルであるので、投資サイド・支援サイドとのミーティングも、意思決定の結果も、アジャイルであって当然です。ベンチャーにとってミーティング時間は無形固定財産であり販管費でもあるので、相手にYesかNoかを即答してもらわなければ経営の重みになります。売り手市場ではベンチャー側に負荷をかける大企業は評判が下がってしまいます。
「面白そうなベンチャー起業家に会ったので出資を確約してきちゃいました」と言う部下がいたら褒めるべきでしょう。迅速な行動は企業価値向上につながります。