山口圭介さん

ダイヤモンド編集部(ダイヤモンド・オンライン/週刊ダイヤモンド)編集長。早稲田大学政経学部招聘講師。早稲田大学卒業後、2004年に産経新聞社入社。08年に週刊ダイヤモンド記者となり、商社、銀行を担当。12年より金融・政治担当の副編集長、17年からIT・電機・政治を担当。18年からダイヤモンド・オンラインとの兼任副編集長。19年4月より現職。主な担当特集に「経済ニュースを疑え」「金融エリートの没落」「三菱最強伝説」「孫正義が知らないソフトバンク」など。
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最新の「出版物販売額の実態」(2021年・PDF版・日販)によれば、「雑誌(紙)」の販売額は、2006年比で58.6%減と壊滅的な減少を示しています。コンビニでも雑誌コーナーはどんどん縮小されていて、しかもその雑誌コーナーではコミックの取り扱いが増えているのですから、週刊誌は本当にしんどい時代になってきました。

そんな時代にあって、今、オンラインでの有料会員を多数獲得し、経済誌カテゴリー、週刊誌カテゴリーにおいて独走を始めたのがダイヤモンドです。今回はその秘密に迫ります。

2027年に週刊誌市場が消滅!?

(小倉)ダイヤが有料デジタルを始めたきっかけはなんだったのでしょうか。

(山口)それは明白で、雑誌市場の急激な縮小です。編集部のデジタル改革のプロジェクトチームが2017年に週刊誌市場の将来シミュレーションをしたら、2027年に週刊誌市場は消滅するという結果になりました。これは悲観的シナリオでの試算だったのですが、現実はそれを上回る落ち込みを見せているのではないでしょうか。

このままだと、良いコンテンツを作っても読者に届ける術がなくなってしまう。雑誌ビジネスが終わってしまうという危機感がありました。

社内では当時から「紙とデジタルの融合」を進めてはいましたが、実際には、雑誌の週刊ダイヤモンド編集部は記者集団が作るコンテンツを最大限活かして雑誌の部数を追う必要があり、ダイヤモンド・オンライン編集部はPVを集めて広告収入で収益を上げる必要がありました。そもそも別の局に存在していた両編集部の能力を融合して活かす責任者がいませんでした。

異なる局、異なるミッションではビジネスモデルの転換はできないと、海外の通信社からダイヤモンド社に戻ってきた経営幹部らが判断し、2019年4月に両編集部を統合しました。そして2019年6月、有料の「ダイヤモンド・プレミアム」というサブスクリプションサービスをダイヤモンド・オンライン上でスタートさせました。

(小倉)先ほどの日販のデータでも、2015年に5960億円あった販売額は、毎年500億円程度の売上減をしており、最新データの20年では3582億円となっています。このまま500億円ずつ減少していけば、2027年には雑誌の売上はゼロになる計算です。ダイヤの試算と一致しますね。当時は、プレジデントをはじめとして、無料ニュースしかなかったから、ダイヤの取組は結構早かったと思うのですが。

(山口)日経新聞やNewsPicks、朝日新聞などがかなり先行していたので、私たちとしては出遅れを感じていました。レガシー経済メディアとしては早かったのかもしれませんが。

(小倉)私がプレジデントにいた当時、何人かの雑誌編集者とダイヤモンド・オンラインの取り組みを眺めていたんですが、実を言えば「ダイヤモンドさんは何億円もかけて無駄なことやっているなあ」という感想でした。こんなに凄いことになっているとは。

(山口)始めるまでは大変でしたが、始まってからはそのような声も聞こえなくなりました。ユーザーの支持を得ることができ、ビジネスメリットが大きいと分かったからです。有料会員は着実に増えています。紙の週刊ダイヤモンドは28年連続で書店販売部数1位を維持していますが、昨年、その数をデジタルの有料会員が上回りました。

紙とオンラインは競合しない

(小倉)デジタルって定期購読と一緒ですから、収益インパクトも大きいですよね。しかも紙と違って印刷、輸送、流通コストもかからない。

無料でニュースを読む人、有料会員になる人、雑誌を買う人って、それぞれ違うと思いますが、編集部を統合したときにそこはどんな戦略だったのですか?

(山口)雑誌の読者とオンラインの読者は層が違うので共食いにならないと考えていましたし、実際にカニバリは思ったほどには起こりませんでした。

オンラインに関しては、<有料会員向けのコンテンツ>と<無料会員向けのコンテンツ>と、Yahoo!ニュースなどにも流す<一般向けのフリーコンテンツ>という3つのコンテンツに大別されます。当初はその配分の仕方が難しかったのですが、いまは副編集長、記者、編集者がノウハウを蓄積してくれ、効果的な配信ができるようになってきました。

(小倉)眺めていると、専門性の高いことは有料で、一般的なものは無料のようなイメージがあります。広告動画を見ると会員向けページが読めたりと、読者心理をうまくついてきますね笑

(山口)情報の「濃度」が重要だと考えています。課金のハードルはやはり高くて、並の情報では有料会員にはなってくれません。ここでしか読めない、つまり情報濃度が濃いコンテンツを有料会員向けに配信しています。一方で、拡散力が高いコンテンツをフリーコンテンツとして広く配信するなどの工夫をしています。

(小倉)私自身、雑誌の編集長をやっていた身としては、紙の雑誌で出した記事を、一定期間経ってからオンラインで出すという発想なんですけど、ダイヤは、紙の雑誌よりも2週間前とか1カ月前にオンラインで出しています。ここが私ビックリしていまして。そんなことして大丈夫なのかなあ、って直観的に思っちゃう。ライバルにも自分たちの特集がわかってしまうことにもなってしまう。

(山口)これから伸びていく市場は雑誌ではなくてデジタルです。制作進行も含めてデジタルファーストに転換することで、退路を断ちました。ここで誤解してほしくないのは、雑誌を軽視しているわけではないということです。

その前提で、雑誌の読者向けには、デジタルで公開した情報をアップデートして届けます。例えば、デジタルサブスクでは特定分野の深い情報が好まれる傾向にあります。一方の雑誌ではデジタルよりも読者層を広くしたマス向けの情報が受けやすい傾向にあります。そのため、デジタルでは「アクティビスト襲来!」として金融業界の関係者を狙って展開した特集を、「最強投資家が狙う割安株」と内容を一部衣替えして、個人投資家などにもターゲットを広げて雑誌向けに展開したりします。

(小倉)山口さんからは、紙のお客さん、デジタルのお客さん、一般のお客さんという三種類が見えているんですね。これまでの出版社だと、紙の記事が一番コストをかけてつくっていたので、一番大事にされてきたわけです。オンラインは無料だし、お金を出してくれている紙のお客さんに悪いなあ、と。しかし、有料でデジタルであれば、その発想は逆転されてもおかしくないということですね。

会員を伸ばす工夫は他にもあるのでしょうか。

PVは「副産物」 PVベースから会員ベースのビジネスモデルに転換

(山口)サブスクサービスを伸ばす上で、「無料会員数」も重視しています。

編集部の統合後、私たちはPVをKPIとして追うことを止めました。もちろん、PVは広告収入の原資となるため、重要な要素ではあります。ただ、それ自体が部の目標になると、芸能ネタなどPVを獲得しやすいコンテンツに傾斜しがちです。私たちは本来のターゲット層であるビジネスパーソンに刺さる記事を増やし、会員ベースのビジネスモデルへと転換し、PVは「副産物」と捉えるようにしました。

ビジネスパーソン向けの質の高いコンテンツを増やした結果、無料会員が劇的に増え、足元で80万人を超えています。月間2万を上回る獲得があった月もあります。ビジネスパーソン向けのコンテンツによって獲得したこの80万人超の無料会員は、有料会員につながる良質な潜在読者であり、ビジネスパーソン向けの広告コンテンツに反応してくれる良質な読者層でもあります。

ちなみに、有料会員も順調で、有料会員向けに配信した「セブンDX敗戦」特集では、配信開始からの3日間で有料会員の獲得数が1,000を超えました。

(小倉)確かに広告主から考えると、芸能スキャンダルとか皇室ネタとかが多いと広告を出しづらい。でもPVがないと存在感がなくなってしまいませんか。

(山口)そこは工夫しなければいけません。KPIから外れたことでPVは下がったのかというと、そうはならず、PVはサブスクをローンチしてからも順調に伸びています。サブスクを始める前は月間6000~7000万PVでしたが、足元では1億1000万PVを超えてきました。

PVベースから会員ベースのコンテンツ、およびビジネスモデルに転換した結果、販売収入と広告収入、双方に良い影響を与える会員基盤が急速に育ってきているということです。

サブスクは「ルームランナーを走り続けるようなもの」

(小倉)ウェブメディアの編集長の発想って「原稿の平均PV数✖️原稿本数=PV」なんです。

通常のオンライン編集部ではPVを上げることをミッションがですから、原稿の平均PVを上げるために、内容はスキャンダラスになり、それが一段落すると原稿の本数を上げるべく、現場にプレッシャーが掛かるようになります。これを打破するためには目標設定を変えるしかないのですが、それも難しく、あらゆるオンラインメディアがブラック職場になってしまう危機にあります。ボクも深夜休日に原稿を編集者にメールすることがよくあるんですが、即レスが来るんです。互いにブラックですよね。

ここまで有料デジタルが進むと、来週から紙の雑誌をなくしても大丈夫ですね?

(山口)いえいえ。週刊ダイヤモンドは今後も発行し続けます。

(小倉)今後はどこに力を入れますか?

(山口)編集部の働き方はこの3年で根本から変わりました。その激烈な変化に対して、前向きに柔軟に粘り強く対応してくれた編集部の皆の試行錯誤がなければ、生まれ変わることはできませんでした。皆がタブーなしで新しいメディアづくりにまい進してくれたことが何より大きかったです。

タブーなしという点で、デジタルの世界で突き抜けるため、編集部の編集体制をタブーなしで改革しようと思っています。具体的には、雑誌づくりのあり方を抜本的に作り変えます。原則として編集部の部員が紙の雑誌制作にかかわるのを止めて、デジタルサブスクのコンテンツづくりに専念してもらいます。

じゃあ雑誌はどうするのかという話になると思いますが、コンテンツはすでにデジタルファーストで配信されていて、雑誌はこれを再編集します。そうなると、雑誌制作はキュレーションの重要度が格段に増します。デジタルで展開したコンテンツのうち、何をどう雑誌に再編集するか、これには取材という最も重い作業は入らないため、それほど人数は必要ありません。必要なのはノウハウとセンス。今年度から経験豊富な手練の部隊を立ち上げて、よりクオリティの高い雑誌作りを目指していきます。

(小倉)デジタルの世界でのメディアの覇権争いはどんなものになるのでしょうね・

(山口)雑誌と同様に、激しいものになるのは間違いありません。今は他メディアより少しだけ前にいる状態なのかもしれませんが、今後はどうなるかわかりません。当たり前のことかもしれませんが、有用な人材を集め、柔軟な発想で企画を立て、愚直に取材し、読者のためにコンテンツを充実させていく。それを続けていくことだと思います。

また、サブスクサービスはどんどん速くなるルームランナーを走り続けるようなものです。当初は会員数がどんどん伸びていきます。会員総数が増えると、1日当たりの解約数も当然増えますが、1日当たりの会員獲得数はそう簡単には増えません。いずれ1日当たりの解約数が獲得数を上回る日がきて、成長は止まります。

これを乗り越えるには、「非連続的な成長」が不可欠です。成功事例ができても安住することなく、非連続的な成長を生み出すために、常に変わり続ける姿勢を持ったメディアが勝ち残るのでしょう。