「宅配需要の急増に対し、人手を介さない配送ニーズが高まる中、低速・小型の自動配送ロボットについて、遠隔監視・操作の公道走行実証を年内、可能な限り早期に実行します。関係大臣は具体的に検討を進めていただくようお願いいたします。」

初の緊急事態宣言下にあった昨年5月14日、総理大臣官邸で開催された未来投資会議で、安倍晋三内閣総理大臣(当時)は自動配送ロボットの社会実装を視野にした取り組みを急ぐよう指示を出しました。この指示を受けて制度改正が進み、全国各地で様々な事業者によって実証実験が展開されています。近い将来、全国のスーパー・飲食店・運送会社から私たちの家にロボットが物品を届けてくれる光景が珍しくなくなるかもしれません。

産業界の先頭に立って政策変容のうねりを起こし、ロボット社会実現に取り組んでいる株式会社ZMPの「これまで」と「これから」を、龍健太郎・ロボライフ事業部長と新井野翔子・コーポレートコミュニケーション部長にお聞きしました。

写真向かって左奥:新井野氏、右奥:龍氏

(荻島将平・チームスピリット)ロボットって遠い未来のイメージがありますが、最近は様々なロボットが実際に生活シーンに現れています。ZMPから見てロボットの産業はこれからどのような成長に向かうのでしょうか?

(龍健太郎・ZMPロボライフ事業部長)いままでは産業の裏側と言いますか、一般の人からは見えない工場の製造ラインなどでロボットの技術は発展してきました。こうした産業用のロボットはあらかじめ具体的な用途が決まっており、現場では技術的知識を備えた人が動作管理をしています。一方、家庭用ロボットは、技術進歩は目覚ましいものの、社会的受容性はまだ十分に醸成されていないと思っています。各ご家庭でどのような機能が求められているのかを把握して機能実装することは困難ですし、無数の利用シーンを想定したうえで事故が無いよう備えるには相当の時間がかかるでしょう。個人消費者とロボットの間にサービスプロバイダーが必要です。


私たちがいま注力しているのは、比較的に実用性が高い時速6km以下の歩行速で移動するロボットです。市場投入している「DeliRo®(デリロ®)」(宅配)、「RakuRo®(ラクロ®)」(移動)、「PATORO®(パトロ®)」(警備・消毒)の“自動運転歩行速ロボ三兄弟”は自律移動ができます。デリロは物流業界の人不足を補うことができ、非接触、非対面でモノを届けられます。

実装している、「RakuRo®(ラクロ®)」

(荻島(将))ZMPは様々な事業者と連携している印象が多いですが、連携している事業者の視点から「こういうロボットが必要だ」というアイデアが生まれることがありますか?

(龍)事業者発のアイデアはニーズに裏打ちされたものなので非常に重要です。ただ、逆説的ですが、そのためにも私たちはプロダクトアウトを重要視しています。マーケットはゼロから答えを出してはくれないので、私たちがソリューションを提案したうえで、事業者の皆様のお知恵で様々な可能性を見つけていただくというサイクルを作るべきだと考えます。

写真向かって左:荻島(将)、右:間中

(間中健介)自動車が世の中に登場してから30年以上の間、イギリスでは制限速度6キロという規制がありました(赤旗法)。馬車の通行を妨げてはいけないというのがその理由ですが、これでは歩くのと変わりません。いまはロボットを取り巻く規制がいくつかありますが、ZMPのような企業のプロダクトが少しずつ普及し、ユーザーベネフィットがどんどん高まっていくことでルールが変容し、ロボットの能力がより使われる社会になることを期待したいです。

夢ではない「売上100倍」

(間中)「2030年までに売上100倍にする」と谷口恒社長が仰っていますが、皆さんにとっての2030年とはどんな社会でしょうか?


(龍)私たちの戦略は常に変わり続けています。2015年頃を振り返ると「2020年までに自動運転タクシーを実現したい」と目標をかかげ、技術的にはかなり実現に近づいてきたものの、社会的受容性や、法令上の問題はいまだに大きな壁になっています。思い描いている未来がいつ来るのかはわかりませんが、私たちは常に実用化を目指してビジネスに取り組んでいます。

 大目標は意識しつつも、私たちは小さな独立型ベンチャーですから、早期に実用化・商用化できる分野に取り組まなければいけません。そこには2つのテーマを設けています。1点目は空港や商業施設など私有地での自動運転サービスの提供拡大に取り組んでいて、2点目は低速域の自動運転です。運動エネルギーは速度の二乗に比例します(1/2mv^2)ので、低速域に抑えれば衝突時の事故リスクが劇的に低減されます。1点目に関して言えば、2018年からブリヂストンのテストコースで当社の自動運転技術が応用されてるなど、実績が少しずつ積みあがっています。生活に密着した場所での低速域のサービスを実用化していく方向で宅配、一人乗り、警備のデリロ、ラクロ、パトロがあります。
 進化の早いこの分野で2030年の時代を見通すことはなかなか難しいですが、おそらくいま取り組んでいる2つのテーマからマーケットは発展していくであろうと考えています。現状でもビジネスとして伸びているもののマーケットとしては未成熟ですので、9年後に向けて法規制等をクリアして、マーケットを作っていきたいです。そのために業界横断的に多様なパートナーと組んで実用化できるサービスを着実に増やしていき、ショーケースとして横展開していきたいです。
 波に乗れれば2030年に売上100倍は夢ではないと思います。

from 30の国と地域

(間中)Deep Techベンチャーにとって一番大事な人材について教えてください。どんな人材がいて、どのように働いているのでしょうか。

(新井野翔子・ZMPコーポレートコミュニケーション部長)社員約130名の6-7割くらいがエンジニアです。外国籍の社員が多くて、社員の国籍は五大陸から30の国と地域から集まってくれています。海外の学生がウェブ上で「ロボット、日本」と検索してウチを探してくれてダイレクトで応募してくれるパターンもありますし、外国人スタッフからの口コミがきっかけで応募してきてくださる方もいます。

(龍)嬉しいことに、ウチでインターンをして働きやすさを感じてくれた外国人が口コミをしてくれているんです。採用条件に日本語能力を求めていないことも魅力に映るようです。あとは日本のアニメが好き、日本の文化に触れたい、という志望理由もあります。

(荻島(将))チームスピリットも、シンガポールで採用活動をしています。ZMPほどの規模ではありませんが、シンガポール、インド、ベトナム、マレーシアなど多国籍で、バックグラウンドの異なる多様な人材が集まっています。

(間中)多国籍の人材をマネージメントするのは非常に大変なことだと思います。どのように労働法令上の対応をしていますか。

(新井野)コーポレートコミュニケーション部がみんなを束ねるというよりは、チームリーダーも外国籍の方たちが多く、日本人スタッフもグローバル思考なので、ティール組織的にチームごとに勤怠や成果をみていこうというカラーがあります。コーポレートコミュニケーション部長としてはチームのカラーを尊重し、フォローアップするという役割なのかなと思います。
残業はテック系ベンチャーとしては少ないと思います。1人当たり平均20時間以内の残業に収まっています。ライフスタイルの違いを尊重していて勤務開始は現在はコロナ禍ということもあり、時差出勤を活用し、朝6時から11時のなかで出勤できるようにしています。
採用にあたって最も重視しているのが「誠実さと思いやり」です。スキル、キャリアはもちろん重要な選考要素ですが、チームで一緒に未来を目指して働こうというマインドが最も大事だと考えています。

(間中)「誠実さと思いやり」なら、私たちも採用してもらえる望みがあるかも知れませんね(←笑うところ)

(龍)私も以前は大手IT企業いましたので、大企業が「時間から成果へ」の働き方ルールに変えていくことの難しさは理解しています。私たちの場合は、社員みんなが同じ時間・場所で勤務する必要はないし、休みもバラバラで良いし、契約形態も多様性があって良い。もし社員のチャレンジを妨げているルールや慣行があればすぐに改善することができます。

総理大臣主導で規制改革へ

(荻島(将))日本の自動車メーカーの強さは世界に誇れますし、何と言うか、四輪の車を世界に出していく情熱に日本人の国民性が反映されている気もするのです。そういう情熱を受け継いで、いま自動運転の開発が進んでいます。でも道路に出たとたんに法規制が障壁となって立ちはだかっています。どのようにして法規制との折り合いをつけていくのでしょうか?

(龍)実用化のためには技術、社会受容性、そして法令の3つが変わる必要があると私たちは思っています。技術は自分たちで努力して革新させなければいけません。2点目の社会受容性についても、私たちがそのための土壌を作り出さなければいけません。

私たちは「ロボットは謙虚であれ」と言っています。ロボットが人に置き換わることはありませんし、移動手段としては自動車の方がロボットよりも社会で受容されています。そんな段階で「ロボットが未来を変える!」なんて偉そうに語るのではなく、ヒト、クルマを支える存在として、謙虚になって社会に溶け込んでいかなければいけません。そのためには親しまれる必要もあるので、ウチのロボットには表情がついています。

社会で親しまれてくれれば、次は制度変更へのアプローチです。これについては長年の取組が最近ようやく実を結んできました。道路交通法や道路運送車両法等で配送ロボットの扱いが明確ではないためなかなか議論が進まなかったのですが、昨年5月に総理官邸の未来投資会議で配送ロボット実用化に向けた公道での実証実験推進が議論されたことで、2021年に制度改正にむけて大きく動き出しました。たった130人の会社でも、産業界をリードして政策を変え、マーケット創造の先頭に立っているんだ! と感動しました。

(間中)バレーボールで言えば、事業者がトスを上げて、政治家や役所がそれをシュートするという連係プレーができると、政策論議に活気が生まれます。皆さんのように革新的な人たちがトスを上げやすい環境を整えるのが政府の役目ですね。

(龍)今回の動きのなかで、私たちが具体的にどのような取り組みをしたくて、どのような規制に悩んでいるのかを伝えれば、役所も知恵を絞ってくれるということがわかりました。

(新井野)警察の方からは「春の交通安全運動を一緒にやりましょう」という言葉もいただき、実現に至りました。

(龍)「一隅を照らす」という仏教の言葉があります。社長の谷口恒が大事にしている言葉なのですが、これは「あなたがいる場所を照らす」ということです。

なぜ自分はZMPで働いているのか? と自問自答することがあるんです。この会社には常に「一隅を照らしているか」「三方よしになっているか」というトップメッセージがあって、これに共感して出資してくださっている方もいます。

 ロボットのテクノロジーを使って、身近にある誰かの課題解決に貢献する。このことを繰り返していけば、やがて社会全体が照らされていくだろう、と思っています。