連載【ビジネスリーダーのためのDX入門】第1回

小倉健一

1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。小池百合子環境大臣(当時)秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。稲盛和夫、孫正義、柳井正、バフェット、似鳥昭雄などリーダー100人超を取材。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任。2021年7月に独立。現在に至る。

大特集主義

電車で新聞や雑誌を読む人がほぼいなくなってきました。大多数の人がスマホに目を落としています。誰かとLINEをしたり、ゲームをしたり、ヤフーニュースを見ているのでしょう。

まさに、DX(デジタル技術による生活の変容)です。

出版界でいえば、無料のニュースメディアのPV数が急激に上昇する中、「紙の週刊誌」はものすごい逆風で、部数の減少に歯止めがかかりません。新聞・週刊誌は、ネットニュースで速報が流れたり、あとから記事が無料になって読めたりすることがあるなど、紙の雑誌を有料で買う動機が減ってしまっています。また、電車で座りながら新聞や雑誌を広げるのは、隣の人の迷惑にならないか心配ですね。

そんななかで、私が編集長に就任したプレジデント誌(紙)は健闘してきました。プレジデントは「大特集主義」と言って、毎号60ページにもわたる「大特集」を設けており、これに価値を見出して買ってくれる人がいます。新書よりも文字数が多い特集も少なくありません。市況の厳しさから目を背けることなく、ビジネスリーダーが必要とされる情報とは何かを、懸命に考え続けた結果です。

在任最後の2021年上半期では、90%以上の雑誌が部数を減少させる中、市販で10%程度の売上を伸ばすことができたようです。毎回、日経ビジネスと激しいデッドヒートとなる日本一の販売部数も守り、次の編集部へバトンを渡すことができました。多くの同業者から「奇跡の躍進」とお声を頂き、大変恐縮しています。

マスメディアでも使われている「DXでデジタル化しよう」「インターネットのIT技術」というフレーズ

近年、プレジデントの読者であるビジネスリーダー層からは「もっとDXのネタを扱ってほしい」という声が増えていました。そこで、例えばオードリー・タン(台湾デジタル担当政務委員)さんのような世界で活躍しているDXリーダーを、編集部では数多く取材インタビューしました。タンさんは、DXを生かして台湾国内のコロナ感染を徹底的に抑えました。台湾と日本、IT技術に力の差はないはず。リーダーによって現実はいかようにでも変えられるという好例ですね。

デジタルテクノロジーを駆使する企業にとってはDXによって自社の領域が広がり収益を得られる機会が増えますが、その他の多くのビジネスパーソンにとっては、「DX」と20世紀末からの「IT革命」との言葉の違いがわかりません。

「DXによって業務効率化とコスト削減を」と語られると、経済誌の編集長としては、「それじゃあIT革命と一緒じゃねえか!」と叫びたくもなります(笑)。今、起きていることはIT革命とはまったく異質なものです。それをこの連載で解き明かしていこうと思います。

マスメディアでも「謎の用語づかい」が氾濫していて、「DX(=デジタル化)でデジタル化しよう」「インターネットのIT技術」というようなフレーズが平気載っているんです。日本人は、カタカナや英語に弱すぎる。DXという言葉を使うだけで、目が泳ぎ始める部長さんとか、読者の会社にいませんか?(笑)

99%のビジネスリーダーにとってDXとIT革命は同義語です。IT革命でもDXでも、業務効率は上がっています。特にDXの場合、情報伝達は一気に効率化していて、テレカンによって出張費は激減しています。調査によれば新規開拓の場合には対面での商談が依然として重要ですが、継続案件の場合は出張をしなくても売り上げは減っていません。

DXには、「攻め」と「守り」があると思っています。「攻め」はDXによって売上を上げること。「守り」は社内の業務効率を上げることです。

世の中の動きとして「守り」にどんな動きがあるかと言うと、私は総務省が昨年12月に出した「統計表における機械判読可能なデータ作成に関する表記方法」というガイドラインに着目しました。MS Excelにデータを入力する際、ロボットが判読をしやすいように、1つのセルに数値と文字を混在させないことや、不必要なセルの結合をしないことや、見やすさのためにスペースや改行をしないことといったことがまとめられています。言わば「人間はロボットが判読しやすいようにエクセルシートを作りましょう」というものです。

RPAによって銀行で人員削減が起きるなど、事務作業がゼロになっていく方向です。このような「守り」のDXはやりやすいので、乗り遅れている企業は早くやるべきです。やればやるほどに経費が削減される上に、同業他社と同じような方法論が使えるので、かかるコストも限定的です。また、社内で完結するので、これまでの「IT化」の延長線上で考えることができます。

ただ、ここで問題になっているのが、デジタル技術を十分に利活用することが難しい人たちにどうやってDXの価値を理解してもらうようにするか、です。タンさんはインタビューで「スマホどころか、ケータイすら持ってない人たちのデジタル化に頭の3割は使っている」と語っていました。屋台のラーメン屋を営んでいる人たちにとって、スマホを使ってキャッシュレスでマスクを買うことが、健康保険カードを持って薬局で並ぶことよりもメリットがあるということを理解してもらうには相当の時間と工夫が必要です。

同じように、会社でDXを導入する際にはラストワンマイルの支援も必要です。多くの企業は対面の打ち合わせをテレカンに移行し、従業員にテレワーク用のノートパソコンを支給していますが、通信速度の速いWi-Fiや5Gの基地局を用意するところまでは出来ない場合が多い。裕福な個人家庭は速度の速いWi-Fiを完備していますが、マンションで用意される無料のADSLなどを使用している人もいます。そうなると、まともに会議も開けないということが現実的に起きています。どこまで社員の通信環境を整備するかは、これからも経営者の頭痛の種となることでしょう。デジタル弱者を包み込むようなDXを国全体で進める必要があります。

「守り」のDXで注意するべきはベンダーの丸投げ体質です。大手ベンダーが顧客のDXを依頼された場合に、顧客の利益よりもベンダー自身の利益を優先し、ベンダー自身にとって望ましい下請けをアサインすることがあります。その結果、顧客は新しいテクノロジーを活用することができず、ニーズが無いサービスにお金を払わされ続けることになります。企画書が洗練されていても実際は時代遅れのサービスを売り込んでくる場合があるので、担当者は注意をするべきです。

攻めが弱くて韓国に負けている

「攻め」のDXは千差万別。企業戦略に関わるので難しいし頭を使わないといけない。

日本のデジタル政策はとても遅くて、競争力は韓国や台湾に負けています。スイスのビジネススクールIMDが公表した2021年の「世界デジタル競争力ランキング」で、日本の総合順位は64カ国・地域のうち28位でした。17年に調査を始めてからの最低を更新し、中国(15位)や韓国(12位)、台湾(8位)でした。国のデジタル政策の根本を改めろという警告だと受け止めるべきです。

「攻め」のDXは、会社の戦略によってまったく投資するものが違うので、判断が大変です。しかし、ここをきちんとできないと将来的に競争力を失うのは目に見えています。出版界で言えば、講談社、集英社、KADOKAWAなど、DXに成功した会社が巨額の営業利益を叩き出しました。これから、DXについていけない中小出版社は苦戦を強いられていくことでしょう。

ビジネス誌ではダイヤモンドが有料デジタルで成果を出しつつあって、オンライン化で存在感を出しています。

雑誌業界は青息吐息で、来年には販売部数が半分になるんじゃないかと言う人もいるぐらい厳しい環境です。新聞は日経新聞以外は厳しいです。

初期コストが重いのでDXは大変ですが、成功しているメディアはベンダーに丸投げしていません。最初は獲得すべき人材がわからないし、一緒にやるべきベンダーもわかりません。やってみて工夫をしてみることでしかありません。そうやって自分で人材を育てている会社は、最初は赤字でも次第にノウハウが溜まっていきます。必要な人材が定義できます。大変だけど頑張りましょう。出遅れるとキツイ。

多くの企業で、営業力・広報力強化のため、オウンドメディアをつくる動きがはじまっています。しかし、戦略目標をしっかりつくり、初期投資をちゃんとして、継続していかないと意味がありません。

メディアが注目しないサービスに世の中の関心を集めるためには、本当にそのサービスに価値があるのかをじっくり考えてストーリーを作っていく努力が必要です。独立した編集部を持って本業にフィードバックできるようになれば、社内の独立研究所的な位置づけとして意味が出るかもしれません。サイト自体で採算をとろうとしてか、単にPVを取ろうとして潜在顧客にアプローチできなくなっているメディアも少なくありません。逆にPVは少なくても、社内外の知見を集めることで、営業力の強化につなげている会社もあるようです。さらにはPVとサイトブランドの双方をバランス良く勝ち取り、好循環を生み出して高収益にもつながっているとこともあります。オウンドメディアの立ち上げは黎明期(はじまったばかり)です。

プレジデント時代のエピソードを紹介すると、東京とパリを結んで小池百合子東京都知事とジャック・アタリさんの対談をオンラインで実現しました。寝ぼけ眼でリラックスした姿のアタリさんの自宅と都庁とで対談がはじまり、とても不思議な感覚に襲われました。対面で実現しようとすると両者の来日、訪仏日程確保が困難を極めるので、これはDXの大きな恩恵です。

いま世界中の大学がオンラインで講義を行なっています。現地に行かなくても世界最先端の知恵を自宅で体験することができるというのは本当に画期的です。仕事をしながら大学に行きやすくなったので、こうしたことは絶対に進めた方が良いです。