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データで成長する #02 / DATA investment pays off #02
間中健介
1975年生まれ。WITH所長、慶應義塾大学SFC研究所上席所員。
衆議院議員秘書→博報堂→電通PR→創薬支援ベンチャー設立参画→内閣企画官(成長戦略、DX、働き方改革)。経済とテクノロジーと政治を良くすることが毎日の関心。
著作に『Under40が日本の政治を変える』(オルタナ、2009-2012)、『ソーシャル・イノベーション』(関西学院大学出版会、2015)など。東京都立大学大学院経済学修士、MBA。
33~34℃の就業環境では効率が50%ダウン
2030年までに労働時間の60%が失われる――。
国際労働機関(ILO)が2019年に公表したレポート「Working on a WARMER planet」では、地球温暖化によって2030年までに世界全体で労働時間が2.2%、GDPが24,000億USドル失われるという予測を公表しています。これは現在のフランスやインドのGDPに匹敵する規模です。屋外での長時間作業を伴う農業従事者や建設作業従事者の場合は当然ながら影響が大きく、2030年までに“熱ストレス”によってそれぞれ労働時間の60%、19%が失われる可能性が指摘されています。この予測は気温上昇が産業革命前の1.5℃レベルに収まるという控えめな前提の下で行なわれていますので、現実はもっと深刻な状況になる懸念もあります。
西アフリカ、中東、南アジアでは、たびたび50℃を超える気温が観測されてきましたが、今年6月には緯度が高く砂漠地帯でもないカナダ西部ブリティッシュ・コロンビア州で観測史上最高の49.6℃が記録されました。連日の50℃近い気候で数百名の方が熱中症で亡くなられたことも報じられています。日本でも東京オリンピック最終日の8月8日に岐阜県多治見市で40.2℃を記録するなど、各地で40℃に迫る猛暑が報じられることも珍しくなくなっています。ILOのレポートによると、33~34℃の状況下では作業効率が50%ダウンすることがあり、39℃を超える状況での就労は死に至る可能性があります。エアコンの利いていない環境や屋外での作業に従事されている働き手を守るために、酷暑の日は極力業務を効率化したり、日中を避けた就業時間設定とするなど、他の季節とは異なる働き方を導入しなければいけません。
クラウド移行でエネルギー消費量77%削減
DXへの努力も、コーポレートガバナンス改革を通した収益力向上の努力も、気候変動によって一気にかき消されます。暑さが厳しくなっていることに加え、異常気象と大規模自然災害の増加による交通機関の混乱、社会インフラの損壊なども、私たちの職場に損失を与えるとともに、生活の利便性低下、ストレス増大を招いています。
日本損害保険協会の資料によると、西日本豪雨に見舞われた2018年度に気象災害によって保険会社が支払った保険金額は1兆5,000億円を超えており、翌2019年度も1兆1,000億円程度となっています。
そのため、自社が保有・管理している資産や人材が気候変動によってどのような影響を受ける可能性があるかを見える化し、酷暑や災害時の事業停滞を防ぐ工夫が求められます。
例えば、猛暑日が年間2日増え、豪雨による交通機関運休が年間2日間増えると想定します。多くの企業の年間労働日数は230日ほどですので、生産設備と従業員の稼働効率が4日間×50%ダウンすると仮定すると、生産量は0.87%低下することになります。売上高粗利益率が30%の企業の場合は単純計算で2.61%の減益になります。これにより年収600万円の従業員は毎月1万3,000円の給与減となります。
経営者としては、自社資産の見直しと、従業員の“気候変動ストレス”緩和に着手し、“気候変動減益”を防ぐ必要があります。取るべき施策は、決して「防災グッズの配布」や「リモートワーク強化」だけに留まるものではありません。
8月19日、AWS Instituteはクラウドのエネルギー効率性や二酸化炭素の削減効果に関する調査結果を公表しました。それによると、日本ではオンプレミスからクラウドへの移行でサーバーとデータセンターが効率化されると、エネルギー消費量を77%削減することができると指摘しています。 洗練された未来型オフィスでも、キャビネットの裏側を見るとタコ足配線で多数のコンセントがつながっていることがあります。老朽化、複雑化したICTシステムはDXを妨げるだけでなく、気候変動対策を妨げる可能性があります。自社サーバーが災害時に物理的負荷を受けることで事業がストップしてしまうリスクも、クラウドによって少なくすることができます。
人事部からカーボンニュートラルへの取り組みを
基幹システムをすぐにクラウドに移行することが難しいオフィスでも、例えばコピー機やプリンタの台数を減らすことはオフィスの消費電力用抑制につながりますし、機器周辺の温度を下げることにつながります。
合わせて、上司による不必要な資料作成の指示を全社的に抑制することで、機器の稼働時間節減によるカーボンニュートラルへの貢献と、従業員のストレス緩和をすることが欠かせません。
ある外資系製薬会社では、MRの負担軽減のため、上司からMRへのメール送信を原則1日2通に制限しています。MRは医療機関からの急な依頼を受けて現地に訪問することが少なくありませんし、診療時間帯を避けるため、医師との面会が早朝や夕方以降になることが珍しくありません。頻繁に報連相(ホウレンソウ)を求めたり、当日になって急なアポイントメントを入れることがないようにするのが狙いと思われますが、これはカーボンニュートラルの観点からも効果的な施策です。
古いITシステムも、古い働き方も、地球のためにすぐに見直しをするべきです。
テクノロジーを咀嚼しEXで勝ち残る
3,000兆円を超えると言われる世界のESG投資の流れはいま劇的に拡大しており、日本のマーケットも急速な変容のフェーズにあります。2年ほど前はスーパーの加工品コーナーの一部に置かれていた大豆ミートが、いまはお総菜コーナーやお弁当コーナーにメインメニューの一つとして並んでいるように、EX(Ecology Transformation)の流れはすでに身近な風景を変えています。
環境省は2050年カーボンニュートラルに向けたテクノロジーイノベーションの推進に取り組んでおり、特に、再生可能エネルギーの発電効率向上の技術、蓄電池の技術、水素利用の技術、そして炭素の循環利用を可能とするCCUS技術の社会実装は強く待望されています。これらのテクノロジーが出番を得れば新しいライフスタイルが登場し、様々な新しいビジネスが生まれる舞台ができます。
この舞台で勝ち残るために、必ずしもテクノロジーの専門家になる必要はありませんが、テクノロジーを咀嚼する能力はますます問われます。ウェブサイト上で公開されている政府資料でEXを取り巻く論点を把握しつつ、大手テック企業のビジネスを構造的に解説している書籍や、投資家向けのアニュアルレポート、戦略コンサルティングファームによる分厚い書籍などに目を通すことは、その能力を高めるための一つのステップになると思います。