株式会社オカムラ ブランディング統括室長
薄良子(うすき りょうこ)さん

マイナビにて、広告コンサルティング営業を経て、研修プログラム企画・開発のプロジェクトマネジメントおよび新人・若手社員向け研修シリーズの開発を手掛ける。その後、2015年に株式会社オカムラに入社。
現在は、コーポレートブランディング、オカムラの働き方改革「WiL-BE」、社外との共創活動を中心に、組織開発のプロジェクトに従事。『社員がイキイキと楽しく、生産性高く働く組織をつくる』がライフワーク。
Team WiL-BEリーダー、Work in Life Labo.所長。東京外国語大学ペルシア語科卒。筑波大学大学院経営学修士(MBA)。CDAキャリアカウンセラー。

コロナ以前からオフィススペースを縮小する流れがあり、コロナ禍では一部で「オフィス不要論」も出ています。

「はたらくツール」としてのオフィスの価値をどう定義し、どう効果的なものにするか。それ以上に、働くことをどう良くしていくか。オフィスづくり国内トップクラスのオカムラで働き方改革の様々な取り組みを進めている薄良子さんにお話を伺いました。
(聞き手:間中健介)

4パターンの勤務のカタチ

――コロナ禍での出勤抑制、感染防止対策の徹底が求められていることで、オフィスを取り巻く環境に大きな変化が生じています。経済の先行きも楽観視できません。

特に昨年4月の1回目の緊急事態宣言の時と、その直前の時期は、毎日のように新型コロナウイルス感染症の拡大が報じられて、人との接触を8割削減しなければいけないという社会的要請があり、次々とイベントが中止になり、店が閉まり、学校が休校になり、朝の通勤風景がガラッと変わりました。昨年の春先を振り返ると、オカムラの仕事がどうなるのかということ以上に、景気がいつ回復するのか、人の賑わいがいつ戻るのか、日本がいつどうやってコロナを乗り切るのかなど、様々な不安がありました。

ただ、こういう時期だからこそ、改めてオフィスの役割を見つめ直しています。

コロナ禍での勤務のカタチには、大別して4パターンあると思います。

①コロナ前と変わらずにオフィスに出勤して働く
②コロナの状況次第で出社を抑制するが、業務の内容・状況によりオフィスに出勤して働く
③コロナが収束した後も柔軟な働き方を維持しつづける
④コロナをきっかけに働き方を抜本的に変化させレジリエンスを高めていく

どのパターンを採用するかは、それぞれの会社の理念やビジネスモデルによって決まっていくのだと思います。オカムラは当然ながらすべてのパターンに対してソリューションを示していきますが、オカムラ自体の働き方としては4番目のパターン、つまり働き方自体を全面的に見直していき、世の中に向けて新しい働き方のアイデアを示していくことが求められていると捉えています。

――産業界全体ではどのパターンが多いのでしょうか?

ハッキリとはわかりませんが、現時点ではまだ4番目に向けた動きは多くはないと思います。

昨年4月の緊急事態宣言のときは「とにかく在宅で仕事をしましょう!」という要請があって一斉にリモートワークが広がりましたが、宣言解除後は、オンラインを活用しつつも対面での会合を再開する動きが出てきました。

資料作成やメールでの連絡調整など個人でおこなう作業は、自宅でもカフェでも遂行できます。ただしプロジェクトのキックオフ時にメンバーみんなで集まって一体感を高めたり、定期的に顔を合わせて悩みを相談し合ったり、ゴールイメージを共有してモチベーションを高め合ったりするためには、オフィスが役割を発揮すると思います。ミーティングや面談がすべてオンラインに置き換わるのではなく、オフィスでのミーティングならではの効果と、オンラインミーティングならではの効果をうまく組み合わせることで、これまでにない創造的な働き方ができる可能性があるのだと思います。

――たしかにオフィスならではの効果はありますね。先日システムエンジニアのグループと打ち合わせがあったのですが、みんなどこにいても働けるのに、あえて週2回は集まっていると言っていました。理由を聞いたところ「テーブルを囲んでミーティングをしないとビジネスのスピードが速まらない」と。オフィスを毎日使わないとしても、オフィスがあることでアイデンティティを持つこともできますね。

メンバー全員がすごい熱量を持っているチームであれば、オンライン上の打ち合わせだけでも高いモチベーションを保ち続けることは可能だと思います。一方、そうしたチームであっても、オフィススペースがあることで帰属意識が高まったり、必要な時にいつでも集まれるという安心感を持って働けるのだと思うんです。フリースペース導入や在宅勤務推奨の流れでオフィススペースを縮小する動きはコロナ前からありますが、それとともに、「共創空間」と申しますか、オープンに議論するための新しいオフィスづくりに取り組む会社は少なくありません。議論を戦わせたり、助け合ったり支え合ったり、チームワークを高めて大きなことを実現するためにオフィスには新しいミッションが課されているのだと思います。

なお、オンラインとオフラインのワークスタイルを経験したことで、時間に対する意識がかなり変わったという話をよく聞きます。それによって生産性が高まったのか、残業が増えたのか減ったのか、データとしてはわかりませんが、少なくともどこでどのように働くのが効率的かを個人が意識するようになったとは言えるかもしれません。

「ワーク・イン・ライフ」
ライフのなかにワークがある

――薄さんは2017年度から「Work in Life Labo.」で研究会を運営してきました。政府で働き方改革推進の動きが本格化した2015年頃以降、”Work”と”Life”を取り巻く議論が盛り上がるなかで、このラボでは業種も職種も異なるメンバーが集まって、活発なディスカッションが行われていました。

どの年もメンバーの熱量がとても高かったです。ラボは「ライフの要素の一つとしてワークがある」という考えですので、自分自身が思い描くライフのなかで、どのように個人と組織の「はたらく」を良くしていくのかを考える場として研究会を運営してきました。初年度はメンバーが持ち寄る豊富なアジェンダをもとに「働き方改革」「ダイバーシティ」のテーマを設定し、2年目以降、各テーマについてより深掘りをしました。

いずれのテーマも議論が拡散しがちで掴みどころのないものですが、経営ビジョンの設定とコミュニケーションの意義や、個人の自律の意義などに関して実効性あるインプリケーションを示すことは出来たと思っています。

以前のように一堂に会してディスカッションをすることは難しいので研究会の形は変えることになりますが、今後のスコープとしては、より「個人」に焦点を当て、個人がワーク・イン・ライフを充実させるために出来る工夫を明らかにする必要があると思っています。

これまではどちらかと言うと「組織が個人に出来ること」から議論を組み立てていくアプローチとなっていましたが、先進企業であっても実際に導入している施策は、会議を効率化するとか、始業時に「おはよう」を言うとか、いずれも真新しいことではなく地道なことの積み重ねです。これまでの研究でそれはほぼ明確に共有されましたので、今度は個人がワーク・イン・ライフを充実させるために出来る工夫には何があるかを調査分析したいんです。例えば「日々感謝の気持ちを持つこと」とか。面白いアイデアを社会に示せたら良いなと思います。

――オカムラ自体の働き方改革について質問します。WORK MILL(ワークミル)という活動があってWiL-BE(ウィルビー)という活動があって、カエル活動があって、Work in Life Labo.がある。一見するとそれぞれの位置づけがわかりづらいのですが(笑)、重層的に「はたらく」を良くしていく取り組みを継続していることはすごく理解できます。

WiLはWork in Lifeの略ですが、WiL-BEを一言で言えば、一人ひとりの従業員が自分のライフキャリアをデザインし実現することを推進する活動です。
こちらのインタビューでより詳しく理解できます!!

オカムラはグループ全体で5,000名規模の会社です。他の数千名規模の組織と同様、従業員一人ひとりが目標を持って働いていますが、各々の所属部門で与えられた業務をこなすことで忙殺されてしまい、会社全体に意識を向ける余裕を十分に持つことができません。私たちの業界は感染症による変化への対応だけでなく、DX時代におけるオフィスのセキュリティ拡充ニーズなど常に新しい課題に直面していますので、個々の業務で求められる成果は決して低くありません。

そこでWiL‐BE活動のなかで「働き方カエル!プロジェクト」を立ち上げ、従業員一人ひとりが「何のために自分はこの仕事をしているのか」を考え、新たな業務や学びにチャレンジできる仕組みをつくりました。カエルは“帰る”や“変える”の語呂合わせですが、長時間残業をせずに早く帰ることを推奨しているとともに、時間と場所に捉われない働き方を実現する制度や、ジョブリターン(再入社)制度、スキル向上支援制度などを設けています。

誰もが組織のなかで毎日真剣に役割を果たしていますが、あくまでもワークはライフの構成要素の一つです。ライフにおいてどんな価値観を大事にしたいのかを自ら考えたうえで、自分に合ったワークを見出す。「はたらく」を作る会社ですので、オカムラ自体がハッピーに働ける会社であってほしいと思います。

――意識改革って、どこの会社でも経営の重要テーマになっていて、社長さんたちが悩んでいることだと思います。秘訣があればぜひお聞きしたいです。

アーリー・スモール・サクセスを作ることかもしれません。2016年に新宿支店でスタートした「働き方カエル!プロジェクト」では、まず行動してみたことで支店が変わりました。

支店では当時、会議が多いという課題が上がっていましたので、ワークショップ形式で議論を重ね、各会議の目的や時間、参加者をすべて洗い出して会議の「見える化」を行いました。見える化したことで会議の廃止・短縮化、参加者数の適正化をし、会議進行の効率化のルールも作りました。その結果、新宿支店の会議時間を大幅に削減することができ、人によっては1カ月の会議時間が2ケタ削減されました。

プロジェクトを始めた頃は、「働き方改革なんてできないよ」という声もあったのですが、実際にこのアーリー・スモール・サクセスが実現し、誰からも目に見えるようになったことで、それ以外の支店にも取り組みが広がっていきました。様々な課題に直面したときに、それをカエル(変える)ことへの心理的な障壁もかなり減ったと感じます。

――前職でも働き方改革に関わっていましたよね? おそらく薄さんにはオカムラに入られる前から、ワークとライフについて一気通底する思いがあったのではと推察します。

前職では人材育成・組織開発を専門とし、研修を企画・開発する業務に携わっていました。さまざまな課題がある組織に対し研修サービスを提供していたのですが、研修はあくまでキャリア支援メニューの一つに過ぎません。研修という手段以外のアプローチからも組織のなかで責任を持ち働き方をよくすることに取り組みたいと思い転職を決意しました。

前職時から変わらずに大事にしていることは「自分のキャリアを自分で創ることができる」という当たり前の考えを広げることです。様々な会社で、使命感が強いがゆえに苦しんで働いている人たちがいますが、本来、働くことには多様な選択肢があります。業務に不満があれば臆せず主張して提案をすればよいし、家庭との両立で悩んでいれば業務を見直したり、異動の相談をしたりすることは出来ますし、自分の想いを実現するために進学や転職をすることもできます。それなのに本人に余裕がなく、組織としても個人を縛ってしまうことで働くことを見失ってしまう人がいるとしたら、すごくもったいないことだと思うんです。

ですから「自分のキャリアを自分で創ることができる」ことを広げたいんです。自分でキャリアに責任を持つという意識に転換すれば、本来持っている様々な可能性が見えてきますので、働くことがより楽しくなります。個人がその意識に変わることで組織としても個人を苦しませている要因があることに気づき、働きやすさを向上させるための行動をするようになります。

制度を変えることで意識が変わるということもありますが、私はまず意識を変えることが大事だと思っています。そしてその意識は組織が個人である従業員の行動を促す取り組みをしていくことでも変えていけると思うんです。「人が活きる環境づくり」をする会社として、自分たちの活きる環境を真剣に考えることが、お客様と社会に新しい価値を示すために不可欠です。コロナ禍で人のつながりを意識する機会が減っているからこそ、そのことを強く打ち出すため、WiL-BEも研究活動も続けていきます。