「未払い残業代」の問題が可視化されるようになった昨今、より正確な勤怠管理のもとで給与計算を徹底したいというニーズが拡大しています。例え故意でなくても、残業代計算にミスが生じると、労使間の信頼関係が失われてしまうおそれもあります。
また、2023年4月より中小企業における残業代の割増率が変更になるので、あらかじめ情報をキャッチしたうえで準備しておくことも必要です。
本記事では、残業代の計算方法や近年の残業事情について、残業代を抑制する方法にも触れつつ紹介します。
残業代の基本ルール
労働者の残業を正しく管理するためには、基本的なルールを理解しておく必要があります。まずは残業代について紹介します。自社の残業代における計算が下記に則っているか、今一度確認してみてください。
残業代の概要
残業代は、企業が定めた所定労働時間を超えて労働した場合に、その超過時間に対して支払われる賃金のことです。企業は、1日8時間の法定労働時間内で、所定労働時間を定めています。
残業代は、労働者が所定労働時間を超えて働いた場合に発生しますが、割増賃金となるのは法定労働時間を超えた場合です。
例えば、パートタイムで1日5時間のシフト勤務をしている労働者に対し、1時間の残業を命じたと仮定します。1日の勤務時間が6時間となり、法定労働時間は超えていません。よって、この場合は割増賃金を加算する必要がなく、実働分の給与を支払う形になります。
一方で、1日8時間のシフト勤務をしている労働者に対し、1時間の残業を命じた場合を考えてみましょう。1日の勤務時間が9時間となり、法定労働時間である8時間を超えるため、超過した1時間分の割増賃金が発生します。
残業代の計算方法
1日8時間の法定労働時間を超えて働いた場合、残業代として1.25倍から1.75倍の割増賃金を追加する必要があります。
具体的な割増率は、下記のとおりです。
対象条件 | 割増率 |
時間外労働 | 1.25倍 |
深夜労働 | 1.25倍 |
休日労働 | 1.35倍 |
1ヶ月の時間外労働が60時間を超えた分 | 1.50倍 |
深夜残業 | 1.50倍 |
深夜時間の休日労働 | 1.60倍 |
1ヶ月の時間外労働が60時間を超え、かつ深夜労働があった場合 | 1.75倍 |
これまで「1ヶ月の時間外労働が60時間を超えた分」の1.50倍が適用されるのは、大企業に限定されていました。しかし、2023年4月より対象が中小企業にも拡大します。
22時から早朝5時までの深夜労働には深夜割増率も加算されるので、特に注意が必要です。無計画な時間外労働は人件費を想定以上に膨らませ、自社全体の収益を圧迫してしまうおそれも考えられます。
残業代に関する注意点
残業代に関して、規定の給与さえ支払えば問題ないと誤認するケースも珍しくありません。ここからは、残業代に関して、確認しておきたい注意点を紹介します。
深夜残業させてはいけないケースがある
やむを得ない残業命令であれば、労働者は拒むことができないと考えている経営者も少なくありません。しかし、実は深夜残業をさせてはいけないケースが存在します。原則として、18歳に満たない従業員は22時から早朝5時までの深夜労働が禁止されています。
例外として、下記に該当する18歳未満であれば深夜労働が許可されています。
1. 昼間勤務と夜間勤務の交代制で働く16歳以上の男性
2. 事業自体が交代制をとっていて労働基準監督署の許可がある場合(※22時30分までに限定)
3. 業務の性質上、深夜労働が必要な農林水産業・保健衛生業、電話交換業務の場合
4. 災害等の非常事態で時間外や休日労働の必要があり、労働基準監督署の許可がある場合
未成年の健康面を配慮すると、これらの深夜労働も抑える方が望ましいといわれています。
また、上記で紹介した事例以外にも深夜労働を命じることができないケースがあります。労働者が妊産婦である場合や、小学校就学前の子どもを養育していたり、要介護状態にある家族の支援をしている労働者から、深夜労働を拒否する申し出があった場合です。
深夜残業を労働者が望んでしている場合でも、ワークライフバランスや過労に配慮しながら適切な人材配置をすることが経営者の務めといえます。
仮眠時間や休憩時間は深夜残業に含まない
時間外労働中であっても、その間に挟む仮眠時間・休憩時間は残業代に含みません。それ以外の実労働時間をベースに計算します。
ただし、仮眠・休憩中であっても、管理監督者の命令下に置かれていると考えられる場合は労働時間とみなされることもあります。常に対応を迫られるような状況も同じく労働時間とみなされます。
年俸制=残業代なしではない
年俸制とは、1年単位の給与を決定し、その金額を分割して毎月支払う制度です。そのため「年俸制の労働者には残業代を支払わなくても構わない」という考えは誤認です。
原則として毎月一定の額を支払う制度であるため、一見すると細かな勤怠管理が要らないように感じるかもしれません。しかし、実際は労働基準法で決まっている法定労働時間以上の労働が発生した場合、年俸とは別に時間外労働割増賃金を支払う必要があります。
そのため年俸制であっても勤怠実勢は正確に把握し、時間外労働がないかチェックしなければなりません。なお、労使間で合意したみなし残業代を年俸制に加え、人件費の試算を簡略化することは可能です。
時代の変化が残業に与える影響
近年、働き方改革の施行やワークライフバランスへの配慮から、時間外労働をできる限り短縮しようという動きが広がっています。ここからは時代の変化が残業に与える影響を紹介します。
求められる残業時間の削減
2023年4月から、月60時間を超える時間外労働に対する割増率が25%から50%に引き上げられることを受け、時間外労働を抑制しようとする動きが広がっています。
企業側の「人件費を抑えたい」といった本音もあり、業務効率化によって、時間外労働を削減するケースも増えました。
また、労働時間をベースに計算する時間給採用ではなく、ジョブ型雇用に積極的な企業も増え、恒常的な残業が減少傾向にあります。
一方で、テレワークやサテライトオフィス勤務が増加し、いわゆる「隠れ残業」が常態化するなど新たな課題も生じています。
残業を削減する方法
現場の残業代を減らすために、上層部が「残業代を減らそう」と指示する程度では、期待通りの効果は見込めません。社内制度を整備するなど、積極的な対策が必要です。
残業を抑制する方法として、下記があげられます。
・業務効率化及び標準化を図る
・退社予定時間をあらかじめチーム内で共有する
・勤怠管理システムによる正確な労働時間の把握
・ノー残業デーの導入
業務の標準化が図れれば、「この人でないとできない」という属人的な業務が減り、一部の従業員に負担が集中することを避けられます。業務効率化が叶えば限られた時間でも最大のパフォーマンスを発揮できるようになり、労働時間効果が発揮されます。
また、ノー残業デーを導入したりチーム内で退社予定時間を共有したりしながら、根本的な意識改革を図るのも重要です。
いずれの場合でも勤怠管理システムを導入し、正確な労働時間を把握しながら自社に合った改善策を考案することを意識してみましょう。
残業管理を効率化する方法
残業管理を効率化し、徹底的に無駄を省く方法もあります。例えば、工数管理ソフトウェアを導入することで、時間外労働により行っている仕事が必要なものか判断できます。工数を先読みして人件費の試算ができれば、事前の予算づくりもしやすくなります。
工数管理ソフトウェアは業務管理や原価管理などにも役立つため、導入により余分な残業を削減する以外のメリットも期待できます。
また、深夜労働を申請制にして無用な時間外労働を抑制するのもおすすめです。事前に残業の有無を決めることで、各従業員の業務進捗に対する意識も変化します。「だらだら残業」を予防するだけでも十分な残業削減の効果が発揮されることが多いので試してみることをおすすめします。
まとめ
残業代の計算は、正確に実施しないと労働者とトラブルになることの多い項目であり、最新のルールに則った対策が欠かせません。退職後に数か月や数年経ってから、当時の労働者から残業代未払いに関する訴えが起こるケースもあります。
2023年4月からは中小企業向けの残業代計算規程が変わるので、特に注意しておきましょう。工数管理ツールや勤怠管理ツールを使いながら、自社での働き方が適正な範囲かどうかを可視化するのもおすすめです。
課題が見つかれば対策を講じやすくなるので、まずは正確な勤怠実績の把握から始めてみましょう。