2008年に100万人を超え、2014年に111万人超、2017年には127.6万人に。

厚生労働白書によると、気分障害の患者数の増加傾向が見られています。気分障害とは「MSDマニュアル家庭版」によると、長期間にわたり悲しみで過度に気持ちがふさぎ込む(うつ病)、喜びで過度に気持ちが高揚する(躁病)、またはその両方を示す感情的な障害を示す障害をいいます。躁病は少なく、多くはうつ病か双極性障害(躁うつ病)が占めています。

気分障害の発症原因は明確には解明されていませんが、心身のストレスから脳の働きに何らかの不調が生じている状態と捉えられています。元気そうに見える若い従業員も、常に何らかのストレスを抱えていて、不調と隣り合わせにいる可能性があります。通常は2時間で出来る仕事に4時間を要してしまったり、発言内容が後ろ向きになったり(あるいは極端に高揚した言動が続いたり)、遅刻が増えるなどの状況が観察されるようになったら、管理監督者はその従業員を責めるのではなく、ストレスの蓄積を疑い、健康を回復させるための対応を検討する必要があります。

従業員の健康が脅かされると、企業は直接経費の増加と生産性の低下のダメージを受けます。例えば従業員がうつ病になり、企業健保から20万円の医療費と、30万円の傷病手当金を拠出することになった場合、直接経費は50万円です。これは帳簿上で見えるのでわかりやすいのですが、よりわかりづらく、かつ大きなダメージは「プレゼンティ―イズム」によってもたらされる生産性の低下です。

2017年7月に厚生労働省保険局が公表した「コラボヘルスガイドライン」で紹介されている東京大学政策ビジョン研究センター健康経営研究ユニットによる【「健康経営」の枠組みに基づいた健康課題の可視化及び全体最適化に関する研究】によると、健康に関連して企業に生じるコストの最大60%はプレゼンティ―イズムです。これは、何らかの疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態と定義されます。例えば、生活習慣病やうつ病を抱えていながら休みを取らずに働いている従業員がいるとします。この人物に支払っている人件費が700万円で、健康だった時と比べて業務処理量が30%落ちているとすれば、生産性が210万円分低下していると言えます。もしこの人物がエース社員で給与の何倍もの成果を上げているとすれば、生産性の落ち込みはより大きくなります。加えて周囲の従業員への悪影響がもたらされることでチーム全体の生産性低下も起こり得ます。

健康経営を標榜する企業のなかには、プレゼンティ―イズムの減少をKPIに設定して、ストレスチェックアンケートを詳細に行なうなどして早期に当事者をサポートしつつ、企業文化・組織体制面の課題を洗い出し、従業員の潜在能力を最大限引き出すことを経営戦略として推進している例も見られます。そうした企業は成長力も高いとされています(成長力が高いから従業員の健康に投資できるとも言えますが)。

Invest in Kishida よりも Invest in Myself

生活習慣病や心身の不調を生み出さないような職場という“インフラ”を整えるのは企業、企業健保、さらには労働組合の役割です。社員食堂に油物のメニューばかりを置かないようにする、従業員への健康教育をする、十分な照明や日光のある職場にする、湿度を保ちつつ換気をする、従業員が一人で悩まないような組織づくりや業務フローをつくる、パワハラや不正を見て見ぬふりをしない、昼寝を認める、休みやすい風土にする、という具合に、人的資本投資重視への施策は無数にあります。人事部の責任だけにせず、組織全体での強いコミットメントが不可欠です。

しかしながら、最も重要なのは、働き手自身が生活において自分の健康をマネジメントすることです。言うなれば、高速道路を整備するのは国の役割ですが、居眠り運転やあおり運転をすることなく、交通法規を守って走るのがドライバーの義務であることと同様です。

例えば、睡眠不足が続いていると職場でパフォーマンスを上げることはできませんし、放置していると状態は悪化してしまいます。内山真・日本大学医学部教授(日本睡眠学会前理事長)によると、睡眠時間が6時間未満になると翌日の日中に強い眠気を感じるようになり、これが続くと日中の慢性的な眠気が生じ、疲れやすさ、集中力や注意力の低下、イライラ感などが起こって、日常生活に支障が出てきます(NHK健康チャンネル:眠れないとうつ病になりやすい?不眠・睡眠不足と健康の関係より抜粋)。

また、食生活の乱れも、集中力や注意力の低下、体質・免疫力の悪化を引き起こすことが指摘されています。そして、食生活の乱れに起因する生活習慣病の進行は、自分自身と近親者に計り知れない影響をもたらします。慢性腎臓病(CKD)や糖尿病の場合、病状によっては就労に制約をきたすとともに、年間医療費が500万円を超えるケースもあります。

ミドル世代になったら、あるいは会社で管理職になったら、自分自身の心身の不調によってどれほどの損失が発生するかを意識する必要があります。日々の生活のなかで睡眠を確保し、脂肪、塩分、糖質を増やさずに野菜や魚を意識的に摂るようにすることで、自身のパフォーマンスを高め、家計と勤務先の健保組合と国家の負担を防ぐことを意識していかなければいけません。

人材はますます希少化していきます。これまでのサラリーマンの常識では40代半ばで昇給が止まり、60歳で年収が3-5割減となる収入設計ですが、心身の健康を保ってパフォーマンがフルに発揮できる状態であれば、年齢を重ねても稼ぐ力を高めることができるでしょう。岸田内閣は年内に「資産所得倍増プラン」を公表する予定ですが、健康管理によって「就労所得倍増」を狙うことはより重要かもしれません。