前回公開された「横浜市の事例①」では、全般的に横浜市におけるオープンイノベーションの取組について、ざっくばらんにお伺いしてみました。 ここからは、その話を踏まえて更に深堀して本質に迫ってまいります。

みなとみらいの「みらい」

(橋本)ありがとうございます。ここから今のお話を受けてどんどんお伺いしたいことを高木さんに聞いていきたいような気もするんですが、そもそもなぜ横浜市は、市の戦略として「イノベーション都市」を目指そうを決めたのでしょうか。

(高木)先ほど申し上げました通り、超高齢化の進展などで様々な社会課題が生まれてくる一方で、生産年齢人口が減少していき、担い手も不足するなかで、これまでのやり方では社会・経済が成り立っていかないためイノベーションの創出が不可欠であること。また、企業の新しいビジネス創出の方向性として「社会課題解決」と「オープンイノベーション」があったためです。みなとみらいにこれだけのオープンイノベーションのR&D拠点が集積することなど、まちづくりを当初計画していた時には考えていなかったところもあると思います。

(橋本)つまり「偶発的」な要素も非常に大きいということですね!

(高木)企業のオープンイノベーションの導入やR&D拠点を置く場所に対する戦略の変化があります。都市型R&Dと呼んでいますが、R&Dの立地場所として、研究開発に没頭できる環境も重要ですが、昨今は、研究以外の様々な要素にも触れられる環境が好まれてきていると思います。近くに商業施設があって仕事の帰りに買い物が出来たり、観光・エンタメ施設で楽しめるというプラスの要素(笑)も、みなとみらいが研究開発型の企業やそこで働くエンジニアの皆様などにも選ばれるまちになってきた要因と思います。

(橋本)他の都市と比較してみても、横浜は少し抜きん出ている印象があります。

(高木)横浜のイノベーターの皆さんと接していて、横浜に対する愛情を強く感じます。やはり横浜という場所は開港以来、海外からの文化を日本に広めてきた場所だという自負のようなものがあり、未来に向けて「何か新しいものを発信する」場所にしたいという想いを感じます。そのような皆さんの架け橋となる、行政も含めた連携の基盤をしっかりと構築する必要があることを日々感じています。

「東京の隣」ならではの内憂外患?

(間中)横浜市は職員数約4万5千人、教務職員なども含めると約5万人に昇りますよね。つまり、横浜市自体がものすごい大企業だと思っております。その中で、自治体ができるオープンイノベーションって何かなって考えた時に、場づくりだったりマッチングだったり人材育成だったりっていうのがあるんだと思うんですけれども、大企業が横浜市に求めることと、ベンチャーが求めることって全然違います。例えばTeamSpritさんは百数十人の組織ですが、そのような規模の組織では、自治体との政策論議に時間を使う余裕はありません。自分たちの商品を買ってもらわないと、身動き取れないと思うのです。

横浜市にとって、新しい方々の新しい知恵は必要だとは思うんですけれども、一方で自治体側から企業側に対して、汗をかいていただくことを求めなければいけないこともあると思うんです。なので、自治体としてどういうスタンスでオープンイノベーションをやってるのか。市役所にオープンイノベーションのスーパーマン的存在がいるのかなって聞きたいと思います。

(高木)経済局で進めているオープンイノベーションは、企業の新しい価値創造を支えるような環境づくりを行っていると思っています。確かに既存の自社商品やサービスを売りたいっていう企業さんはいらっしゃるんですけれども、むしろ、将来の社会の変化を考えた時に、何が必要になってくるのか、社会課題に接点を持ちたいというようなお声を多く伺っています。行政は、福祉、子育て、教育など様々なフィールドをもっていますので、その「現場のニーズを聞きたい」といったところにも「関わる価値を感じていただけると思っています。

人材については確かに、非常に限られていまして…苦笑

行政内の人材育成も重要課題だと思っています。そのためにも、横浜未来機構をハブとして行政も含めた多様な人材のネットワーク基盤が構築されていくことを期待しています。

(間中)横浜未来機構は、横浜市から見た時の「出島」みたいなイメージはあるんでしょうか。

(高木)そうですね。行政の職員は公平性・中立性が求められるため、特に企業等と議論するとき「思い切ったことが言えない」傾向もあると思います。ですが、横浜未来機構において、ここは「組織・領域を超えて、自由に議論することができる」といった行動規範のようなものを共有して、市の様々な部署の職員も参加してオープンイノベーションを進める基盤になっていったらと思っています。横浜未来機構はまだ活動が始まったばかりですけども、私自身もかかわった皆さんと一緒に積極的に未来を作る議論をしていきたいと考えています。

(間中)未来機構を地盤にしている職員は民間から転職した人も多いのでしょうか。また、未来機構は、市長と直属のような形式になっているんでしょうか。

(高木)横浜未来機構は、市とは独立した民間の団体です。イノベーション都市の施策を進める上で、横浜市のパートナーという建付けです。立ち上げ期は、事務局の中で、横浜市からの出向者も加わって活動をしております。今後、外部人材の登用などを行うことで、徐々に機能を高めていこうという方向で進めています。

横浜のイノベーション人材の交流は東京で行われてきた

(荻島)ありがとうございます。率直に、色々なすごい取り組みをされてらっしゃるんだなと感じました。私は前職で大手都市銀行に在籍しておりました。新進気鋭のベンチャー様には、ベンチャーキャピタルの紹介や、IPOを目指すために証券会社をご紹介したりなど、金融的な視点でご支援させて頂いていました。行政からの支援は、そのような企業さんからは非常に心強いな、と想いつつ、行政の立場としては「(東京に移らずに)ずっと横浜にいてほしい」という想いはございますか。また地元で育っていく支援したベンチャー企業は、子どものような存在になっていくと思うのですが、彼らが生んだオープンイノベーションの成果物みたいなものを今後横浜市さんの方で採用したり受け入れたりして、まさに「市」自体を自己変革していくことも考えておられますか。

(高木)勿論、ずっと横浜に留まって欲しいという想いはあります(笑)。ですが、あんまり閉鎖的にこじんまりしちゃってもダメだ、とは分かっています。コミュニティの密度が東京の方が濃いからという理由で、今まで「横浜」という場所が選択されなかったことで大変悔しい思いをしてきました。情報量が全然違うとか、あるいは横浜の方同士の交流が東京で行われているといった話を以前は結構聞きました。しかし、これまでの取組の中で、横浜にもイノベーションを生み出す人材のコミュニティがしっかりと育ってきていますので、横浜を選んでいただける人や企業が益々増えてくることを期待していますし、そのようにしていきたいと思っています。

また、横浜未来機構の中では、イノベーションはあくまでも「手段」であり、『最終的にまちに住んでおられる方が、安心して満足をもって生きられるような未来社会の実現を目指す』というコンセプトがあります。まだまだ始まったばかりですが、横浜未来機構で出てきた技術やアイデアやビジネスモデルが市民の皆様に還元されて、暮らしやすい未来社会の実現につながっていけばと思います。

(荻島)ありがとうございました。僕が意外だったのは、横浜市ですら定住せずに「東京」に出て行ってしまうというところです。

(高木)横浜は、これまではビジネスの要素より「住む町」という認識が強いように感じています。ただ最近横浜に進出する企業のR&D拠点やスタートアップの数も増えてきて、様相は変わってきますし、それをうまくつなぐのがオープンイノベーションと捉えています。

(荻島)そうなんですね。私自身不勉強なので教えて欲しいのですが、ベンチャー企業などが開発した製品やサービスなどを取り入れる時は、入札などと言った正式な手続きなどがあるのでしょうか。非常にハードルが高い印象があります。

(高木)実際、開発された製品やサービスを市として調達するにはおっしゃる通り、入札など諸規定に基づいた手続きが存在します。ですが、一方で市民の皆様に納得いただけるような新たな調達のルールなども、議論していく必要もあるのではと考えています。

(間中)スタートアップ企業のほとんどは事業が不安定です。ですがそれでも頑張っている方とお話をすると「いきなり1千万円で買ってくれとは言わないけれども、大企業にトライアルで期間限定もいいからウチのサービスを買ってもらいたい。クレーム大歓迎。我々は失敗の経験をする場すらない」と仰る方が少なくありません。チャレンジを受け入れるということは失敗を受け入れるということだと思うので、本当は行政でそういうことがやれるといいなって。

(高木)ある意味ちょっとトライアル的に試して、実際にそこで評価する仕組みは重要だと思います。一方で、税金をつかって導入したものがダメになることに対する厳しい見方もあります。横浜市では「トライアル発注制度」を作って、市内中小企業が開発した新商品を規程に基づき一定の審査を通って良いものであれば、試行的に活用してみるという仕組みも、一部では導入しています。

(間中)横浜は広いので、真ん中の「西区」と「瀬谷区」では居住環境がだいぶ違うと思います。

(高木)市内でも東京に近い区の人口は増加していますが、東京から遠い区は人口減少に転じています。また、大規模団地の再生などの課題もあります。一方でコロナの影響によって、働き方や暮らしに対する考え方も変わってきています。そうした変化を捉えながら、イノベーションを生み出すフィールドやリソースの多様性として活かすことが出来るのではと思っています。実際に郊外部で、自動運転による新しい交通サービスの実証実験など新しい技術を使ったイノベーションの動きなどが始まってきています。

(橋本)労働人口とか生産人口など、どうしても外から呼び込んでこない限りはなかなか増加させることは難しいのかなって思っていたりするのですが、他の地域へのPRなど何か取組は行われているのでしょうか。

(高木)横浜にはイノベーションを生み出すビジネス環境に加え、生活・教育・産業・文化・スポーツなど「都市の総合力」がもつ大きな強みがあります。そうした横浜の強みを見える化してわかりやすく発信していく必要があります。またイノベーションを生み出すためには海外に対しても、WEBやSNSで発信していく取組も初めています。

(橋本)分かりました、ありがとうございます。行政として、ベンチャーに期待している事やこういう業態の企業が来てほしいというのはございますか。

(高木)イノベーションって、分野がないと言うか、既存の概念にとらわれない発想がすごく大事なので、特定の分野には限定していません。そうは言いつつも、デジタル化・脱炭素を始め社会課題の解決を目指したスタートアップや、歴史的に開港都市でもありますので、グローバル志向を持ったスタートアップの方々が成長して、改めて海外とつながるようなところも進めていきたいと思っています。

(間中)最後に、横浜から見た時の東京ってどうなのか、教えて頂けますでしょうか。

(高木)東京はやはり大都市ですので、規模では横浜は比べ物にならないと思っています。一方で、横浜には適度な規模感、多様なフィールドなど東京にはない良さがありますので、東京の近くであることも含め、居心地の良さなどを実感していただけるような独自の魅力を創っていきたいです。

終わりに:橋本綾子のひとこと

いかがでしたでしょうか。

数多ある政令指定都市の中でも、オープンイノベーションの取組に積極的に挑戦している年です。一方で、まだまだ行政として守るべきことも多く、「挑戦の場」として、もっともっと多くの挑戦できるフィールドが出来ることを願ってやみません。