1. 残業(時間外労働)の上限規制とは残業の上限規制とは、2019年の労働基準法改正により罰則付きで設けられた残業時間の上限のことです。原則の残業時間の上限と罰則は次のとおり労働基準法にて定められています。原則:残業は月45時間以内、年360時間以内罰則:6カ月以下の懲役又は30万円以下の罰金本記事で説明する「残業」とは、法で定められた労働時間(1日8時間・1週40時間)を超えて労働した時間のことを指しますただし、この原則の残業も「36協定」と呼ばれる、従業員代表と使用者(代表取締役など)との間で締結される協定を労働基準監督署に届け出なければ行えません。法改正以前も36協定で拡大できる時間外労働の上限として「月45時間・年360時間」となるよう行政の指導がありましたが、この上限を超えても罰則はありませんでした。また罰則がないことから、36協定で必要事項を記載していれば事実上際限なく時間外労働ができる状態だったため、「長時間労働が常態化する」と問題視されていました。しかし、2019年4月以降は法改正により残業時間の上限が罰則付きで設けられ、大企業は2019年4月から、中小企業は2020年4月から適用となりました。今後は上限規制の内容を正しく把握し、法律を遵守しなければいけません。違反した場合の罰則が労働基準法に規定 2019年の法改正によって、残業時間の上限は原則月45時間・年360時間とされました。このルールに違反した場合には、罰則として6カ月以下の懲役または30万円以下の罰⾦が科されるおそれがあります。▼罰則適用の例法改正前1日2.5時間の残業を月20日(月50時間の残業)罰則なし(行政の是正指導が入る可能性はあり)法改正後罰則あり(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰⾦)2. 原則の残業上限「月45時間・年360時間」を超えられるケース残業の上限規制の原則は「月45時間・年360時間以内」と説明しましたが、これを超えて労働させられるケースがあります。そのためには次の2点を満たす必要があります。特別条項付きの36協定を締結・届出をしている残業・休日労働に値する臨時的な特別の事情がある通常の36協定ではなく、特別条項付きの36協定を結ぶことによって、月45時間・年360時間以上の残業が可能になります。その特別条項月の36協定を締結させるためには、「臨時的な特別の事情」や「労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置」などを、用紙に記入する必要があります。では、臨時的な特別の事情とは何でしょうか。労働基準法第36条第5項で次のように書かれています。当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に(略)限度時間を超えて労働させる必要がある場合において、一箇月について労働時間を延長して労働させ、及び休日において労働させることができる時間((略)百時間未満の範囲内に限る。)並びに一年について労働時間を延長して労働させることができる時間((略)七百二十時間を超えない範囲内に限る。)を定めることができる。(以下、略)※引用:労働基準法 | e-Gov法令検索条文中の「通常予見することのできない業務量の大幅な増加」が臨時的な特別の事情にあたり、具体例として次のことが挙げられます。システムの大規模トラブル年度決算業務の対応突発的な仕様変更 などこういった事情があるうえで、特別条項付きの36協定を締結し労働基準監督署へ届出をすることにより、原則の時間を超えて残業することができますただし、特別条項付きの36協定を締結した場合でも、残業時間や休日労働の合計時間に上限が設けられています。特別条項を結んだ場合の上限年6回まで、月45時間を超える残業が可能(法定休日労働を含まない)月100時間(法定休日労働を含む)、年間720時間(法定休日労働を含まない)を超える残業は不可能2~6カ月の平均が80時間を超える残業は不可能(法定休日労働を含む)つまり、残業時間の上限は2段階で設定されているということです。段階残業時間の上限1段階目(原則)・月45時間、年間360時間を上限として残業が可能(法定休日労働を含まない)2段階目(臨時的な特別の事情がある場合)・年6回まで、月45時間を超える残業が可能(法定休日労働を含まない)・月100時間以上(法定休日労働を含む)、年間720時間(法定休日労働を含まない)を超える残業は不可能・2~6カ月の平均が80時間を超える残業は不可能(法定休日労働を含む)2段階目の詳細は、後の章「残業時間の上限ルールの具体例」で解説します残業の上限規制の適用スケジュール残業の上限規制は2019年4月より段階的に行われてきました。2019年4月1日~:大企業に上限規制適用(一部事業・業務除く)2020年4月1日~:中小企業に上限規制適用(一部事業・業務除く)2024年4月1日~:適用が猶予されてきた事業・業務にも上限規制が一部適用以下の事業・業務については、上限規制が2019年4月以降5年間猶予されていましたが、2024年4月1日より適用が開始されます。2024年4月より上限規制の適⽤が開始される事業・業務事業・業務事業・業務 猶予期間の取り扱い(2024年3月31日まで)猶予期間の取り扱い(2024年4月1日以降)建設事業上限規制は適用されません。●災害の復旧・復興の事業を除き、上限規制がすべて適用されます。●災害の復旧・復興の事業に関しては、時間外労働と休日労働の合計について、・月100時間未満・2~6カ月平均80時間以内とする規制は適用されません。自動車運転の業務●特別条項付き36協定を締結する場合の年間の時間外労働の上限が年960時間となります。●時間外労働と休日労働の合計について、・月100時間未満・2~6か月平均80時間以内とする規制は適用されません。●時間外労働が月45時間を超えることができるのは年6カ月までとする規制は適用されません。医師●医療機関の水準により上限が異なります。●時間外労働と休日労働の合計について、・A水準...月100時間未満(例外あり)・年960時間・B水準・C水準...月100時間未満(例外あり)・年1860時間鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造業時間外労働と休日労働の合計について、・月100時間未満・2~6カ月平均80時間以内とする規制は適用されません。上限規制がすべて適用されます。※参考:時間外労働の上限規制わかりやすい解説|厚生労働省※参考:診療に従事する勤務医の時間外・休日労働の特例的な上限水準|日本医師会3. 残業時間の細かいルールを理解するために「残業」と「休日労働」の定義を再確認次に解説する残業上限の細かいルールを正しく把握するために、「残業」と「休日労働」について解説します。既にご存じの方は次の章へと進んでください。まず、残業とは法定労働時間とされる「1日8時間・週40時間(休憩時間を除く)」を超えて労働した時間のことをいいます。法定労働時間を超えた時間が残業となるので、例えば1日の労働時間が7時間と会社で定められている従業員であれば、仮に8時間労働を行ったとしても、法律上は残業には該当しません。1日9時間の労働を行った場合残業1時間所定労働時間が7時間の従業員が、9時間の労働を行った場合残業1時間所定労働時間が7時間の従業員が、8時間の労働を行った場合残業なし※所定労働時間とは、各企業が就業規則で定めた労働時間のことです。次に、法律上の「休日労働」とは、法定休日に労働した時間のことをいいます。法定休日とは、「毎週少なくとも1回の休日、あるいは4週間を通じて4日以上の休日」とされています。▼休日労働となる例日月火水木金土出勤出勤出勤出勤出勤出勤出勤上記の場合、土曜日の出勤が1時間であっても、週に1回の休日が確保できていないため、通常は土曜日の労働が休日労働となります。▼休日労働とならない例日月火水木金土休み出勤出勤出勤出勤出勤出勤上記の場合、日曜日で休日が確保できているため、土曜日の出勤は休日労働に該当しません。これらの「残業」と「休日労働」の定義をふまえて、より詳細な残業時間の上限ルールをみていきましょう。4. 残業時間の上限ルールの具体例次に、法改正後の残業時間の上限ルールと罰則について解説します。▼残業時間上限ルールのイメージルール①(原則)は、通常の36協定を締結している場合のルールで、②~④は特別条項付きの36協定を締結している場合のルールです。ルール①(原則):残業時間の上限は「月45時間・年360時間以内」繰り返しお伝えしているように、原則(通常の36協定を締結している場合)は、「月45時間・年360時間」が残業時間の上限となります。例えば月の所定労働日数が20日の場合、1日平均1.5時間の残業が原則の上限を超えない目安となります。月の残業時間:1.5時間×20日=30時間年の残業時間:30時間×12カ月=360時間▼NG例1日2.5時間の残業を20日間行う(月50時間になるため違反)毎月35時間の残業を1年間行う(年420時間になるため違反)ルール②:特別条項付き36協定を結んだ場合も、残業時間が「月45時間を超えるのは年6回まで」原則の上限である月45時間を超えることができるのは、年間6回(6カ月)までです。そのため、1年のうち6カ月は月45時間以内に収める必要があります。▼NG例上記の例は45時間を超えているのが7回あるので、特別条項の36協定を締結し、その他の条件を満たしていたとしても法律違反とみなされます。▼OK例こちらの例では、45時間以内の時間外労働が6回に収まっています。他の特別条項のルールもクリアしているので問題ありません。ルール③:特別条項付き36協定を結んだ場合も、残業時間の上限は「年720時間以内」特別条項付きの36協定を結んでいても、残業時間の上限は「年720時間以内」と定められました。ルール②をふまえると、12カ月のうち6カ月は45時間以内となるので、残り6カ月での残業させられる時間は450時間となります。45時間×6カ月=270時間720時間-270時間=450時間(6カ月で残業させられる時間)つまり、1年のうち6カ月については残業を月45時間以内とすると、残りの6カ月については最大で月平均75時間の残業が上限となります。▼NG例上記の例は残業が45時間を超えている回数が年6回に収まっていますが、年間の残業時間が合計725時間と、5時間オーバーしているので、法律違反とみなされます。以下のケースであれば問題ありません。▼OK例ルール④:特別条項付き36協定を結んだ場合も、残業と休日労働の合計が「月100時間未満」36協定を締結した場合であっても、1カ月の残業時間と休日労働の合計が100時間以上になると違法です。▼NG例3月に残業を101時間行う(100時間を超えているため違反)12月に残業を45時間、休日労働を55時間行う(合計100時間となるため違反)7月に残業を80時間、休日労働を24時間行う(合計104時間となるため違反)2番目の例のように、残業時間だけ見れば原則内である場合でも、休日労働時間を足して100時間以上になってしまうとNGです。次に紹介するルール⑤にも関連しますが、法定休日労働時間を含めた計算が必要です。ルール⑤:特別条項付き36協定を結んだ場合も、残業と休日労働の合計が「2カ月~6カ月の平均月80時間以内」2カ月、3カ月、4カ月、5カ月、6カ月のいずれの期間においても、残業と休日労働の合計時間は平均80時間以内にしなければなりません。「2カ月平均、または6カ月平均で80時間以内になっていれば良い」という意味ではないため、注意が必要です。例えば、1月~2月の2カ月間の平均時間外労働が75時間だと「月平均80時間以内」に収まっていますが、1月~6月の6カ月分の平均が90時間だった場合は「月平均80時間」を超過しています。この場合は上限を超えており、法律違反となります。▼NG例例えばこの場合は、6月~8月の平均残業時間が、80時間を超えるため、法律違反にあたります。95時間+65時間+95時間=255時間255時間÷3カ月=85時間(平均)以下のような場合は、いずれの2カ月~6カ月平均をとっても80時間以内のため問題ありません。▼OK例また、ルール④と⑤は休日労働の時間も含めて考える点に注意しましょう。「月45時間も残業しないから大丈夫」と思っていても、「残業と休日労働時間を合わせたら2~6カ月の月平均80時間を超えていた」となると違反となり、罰則が科されるおそれがあります。5. 残業(時間外労働)の上限規制が導入された背景残業時間の上限が設けられた目的は「長時間労働の是正」です。法改正前は企業が特別条項付き36協定を結べば、従業員に長時間労働をさせたとしても罰せられる法律がありませんでした。その後、従業員のメンタルヘルスの悪化増加や過労死・過労自死などが社会問題となり、長時間労働による健康悪化を防止するための仕組みとして、ワークライフバランスを向上させるための「残業(時間外労働)の上限規制」の導入が決定しました。残業時間の上限を規制することによりワークライフバランスを改善させ、女性・高齢者の就労促進、仕事と家庭生活の両立といった効果も期待されています。他にもワークライフバランス向上のため、有給休暇取得の義務化やインターバル規制の努力義務化なども、2019年の法改正に盛り込まれ、制度が開始されています。他の制度についての解説は働き方改革関連法で求められる勤怠管理の義務をご覧ください。6. 残業(時間外労働)の上限規制に対して企業がしなければいけないこと企業が残業時間の上限について確認せず、何も対応を行わないままでいると、残業時間の上限を超えてしまい法律違反となる可能性があります。企業が改めて見直すべき点、取り組むべき対応を解説します。1.労働時間の適正な把握従業員の労働時間を正確に把握し、長時間労働が常態化していないか確認します。また、残業時間が多ければ作業に無駄な工程がないか、一部の従業員に業務が集中にしていないか、業務の進め方や人員体制についての見直しを行います。規模の小さい企業であれば、以下のようなエクセルを用いた勤怠管理を行うことで足りるケースもあります。しかし、規模が比較的大きい、またリモートワークやフレックスタイム制などの複雑な就業ルールを採用している企業の場合は、アナログな方法では適切な労働時間を管理できないケースも多いでしょう。その場合は、勤怠管理システムを導入することもおすすめです。勤怠管理システムとは、出退勤時に打刻することで労働者の勤務状況を記録し、集計・出力できるシステムです。▼勤怠管理システムで自動で作られる勤怠管理表ネットワーク上で出退勤を記録するため、従業員の勤怠状況をリアルタイムで確認できるようにもなります。従業員の労働時間や残業時間を把握するだけではなく、決められた残業時間に到達しそうな従業員を事前に特定し、対策を打つことも可能です。いずれの方法にせよ、まずは勤怠管理をしっかりと行うことが重要です。勤怠管理についてより詳しく知りたい方は、以下の記事を参考にしてください。勤怠管理とは?意味や必要性・管理内容を網羅的に説明2.自社にあった36協定内容の見直し36協定で定めている内容が自社にとって適切であるか、残業の上限規制に対応できているか、見直しを行うことも有効です。次のチャートで自社の36協定対応と守るべき上限ルールをおさらいしましょう。36協定への対応守るべき残業時間の上限ルール①必須ではないが機会損失を防ぐためにも事前の36協定の締結を推奨・締結していない場合:残業・休日労働させない・締結した場合:残業が月45時間・年360時間以内②36協定の締結が必要・残業が月45時間・年360時間以内・残業+休日労働が100時間未満・残業+休日労働が2~6カ月の月平均80時間以内③特別条項付きの36協定の締結が必要・残業が年720時間以内・残業が月45時間を超えるのが年6回以内・残業+休日労働が100時間未満・残業+休日労働が2~6カ月の月平均80時間以内36協定届はこちらのURLからダウンロードできるため、状況に応じて利用してみてください。時間外・休日労働に関する協定届(36協定届)ダウンロードする様式記入例一般条項の場合時間外労働・休日労働に関する協定届(一般条項)様式第9号36協定届の記載例|厚生労働省(PDF)特別条項の場合時間外労働・休日労働に関する協定届(特別条項)様式第9号の236協定届の記載例(特別条項)|厚生労働省(PDF)また、36協定についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。36協定とは?残業の上限規制や企業の義務をわかりやすく解説7. 残業(時間外労働)を削減し、上限規制を守るコツ最後に、残業の上限規制を守るためのポイントを紹介します。従業員と長時間労働に対する認識を共有する毎週特定の曜日を「ノー残業デー」とする残業申請制を導入する1.従業員と長時間労働に対する認識を共有する長時間労働の削減方針が共有されていない企業では、業務量が多く残業が常態化してしまっているケースや、残業手当(時間外手当)を目的に従業員が残業をしているケースなどがあります。まずは長時間労働の是正に対する企業の姿勢やメリットを従業員に共有し、企業全体で意識改革を図ることが大切です2.毎週特定の曜日を「ノー残業デー」とする「ノー残業デー」とは、残業をせずに帰宅すると定めた日のことを指します。その日は残業すること自体をルール違反とすることで、従業員が残業をしなくても良い環境を作ることができ、その結果残業の削減が見込めます。まずは月に1日から、徐々に週1日をノー残業デーにするなどの工夫を行うことで、社内に浸透させていきましょう。3.残業申請制を導入する残業申請制とは、従業員が残業する日に、事前に見込まれる残業時間や業務内容を管理者に申請しなければいけない制度のことです。その申請内容を管理者が承認することで、残業が許可されます。残業申請制では、従業員が残業理由を報告する必要があるため、不要な残業の抑制に繋がります。さらに、他にも以下のようなメリットも期待できるでしょう。「どの従業員がどのような理由で残業しているのか」「残業が発生しやすい業務は何か」といった、数値だけではわかりにくい情報を得られる従業員が時間を意識して残業に取り組めるようになる残業をただ抑制するだけではなく、残業の理由などを分析できるため、より本質的な業務改善に活かせる可能性もあります。8. まとめ|上限規制を遵守して一歩先の残業時間削減に取り組もう残業(時間外労働)の上限規制では、原則と臨時的な特別の事情がある場合との2段階で上限が設けられました。原則の「残業が月45時間・年360時間以内」を超える場合には、特別条項付きの36協定が必要となります。法改正前は特別条項付きの36協定を締結すると事実上無制限に残業をさせることができましたが、ここにも2段階目の上限が設けられました。特別条項付きの36協定締結後も次の上限ルールを守ることとなります。残業が年720時間以内残業が月45時間を超えるのが年6回以内残業+休日労働が100時間未満残業+休日労働が2~6カ月の月平均80時間以内また、これらの上限ルールや原則に違反した場合の罰則も法改正により「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」と定められました。企業は36協定の締結・届出後も上限ルールを守るために、より一層適切な労働時間管理が求められます。残業時間の上限規制に対応し、法律違反のリスクを防ぐためには、従業員の労働状況を客観的にチェックできる勤怠管理システムの導入が効果的です。従業員の労働時間をはじめ、どの部署の誰が長時間労働をしているか、従業員の残業状況を適切に把握することで、効率的な労務管理が可能となります。法律を遵守して一歩先の残業時間削減、ひいては生産性向上に取り組みましょう。