1. 企業が有給休暇に関する法律に違反した場合のリスクは多大企業が有給休暇に関する法律に違反した場合のリスクは多大有給休暇の付与は、労働基準法により企業に課せられた法的義務です。特に2019年4月から施行された改正労働基準法では、10日以上の有給休暇が付与される従業員に対し、基準日から1年以内に年5日の有給休暇の確実な取得が企業に義務付けられました。この法律に違反し、正規の方法で従業員に年5日の有給休暇を取得させなかった場合、企業は対象となる従業員一人ひとりについて30万円以下の罰金を科せられる可能性があります。この法律に抜け道はありません。従業員が労働基準監督署に申告したり、労働基準監督署の定期的な調査で発覚したりすれば、ペナルティを免れることはできません。さらに、法律違反が明るみに出れば、企業イメージの悪化や優秀な人材の離職など、罰則以外の大きなリスクも伴います。以上のように、有給休暇に関する法律違反のリスクは非常に大きなものです。企業は労働基準法をはじめとする労働関連法規や有給休暇のルールを正しく理解し、対象となる従業員の有給休暇の管理を適切に行うことが強く求められます。では具体的に、企業にはどのよう義務があり、それを違反した場合、どのような罰則が科せられるのかを確認していきましょう。2. 有給休暇が適用される従業員の範囲と付与日数有給休暇に関する法律違反を避けるため、まずは休暇の付与に関する基本的なルールを理解しましょう。有給休暇は、「雇入れの日から6カ月継続して雇われている」かつ「出勤率が8割以上である(全労働日の8割以上出勤している)」従業員全員が対象です。対象者にはパート・アルバイトや管理監督者、有期契約社員も含まれます。また有給休暇の年5日取得義務は「年10日以上の年次有給休暇を付与された従業員全員」が対象となります。以下の図の赤枠内に該当する従業員には、付与した日から1年以内に少なくとも5日の有給休暇を取得させなければなりません。※参考:年次有給休暇の付与日数は法律で決まっています|厚生労働省リーフレットシリーズ労基法第39条年5日の取得義務がある従業員をまとめると次のとおりです。雇入れ(入社)の日から6カ月経過した正社員雇入れ(入社)の日から3年6カ月経過した時点で週4日労働しているパート・アルバイト雇入れ(入社)の日から5年6カ月経過した時点で週3日労働しているパート・アルバイトパート・アルバイトは、雇用しているうちに週の所定労働日数が変更となるケースもあります。その場合は有給休暇を付与する日(基準日)の週所定労働日数で判断します。例えば「週所定労働日数が3日だった従業員が、雇入れの日から3年6カ月経過した日に週所定労働日数4日で働いている」というケースでは、有給休暇が10日付与され、年5日取得義務の対象者となります。3. 有給休暇に関する企業の義務と違反した場合の罰則有給休暇に関する企業の義務と罰則をまとめると、以下の表のようになります。企業の義務対応する条項罰則規定罰則内容年5日の有給休暇を取得させなければならない労働基準法第39条第7項労働基準法第120条1人につき30万円以下の罰金有給休暇に関する定めを就業規則に記載しなければならないまた、時季指定を行う場合は就業規則に明記しなければならない労働基準法第89条労働基準法第120条30万円以下の罰金従業員からの申請があれば所定の有給休暇を付与しなければならない労働基準法第39条第5項労働基準法第119条6ヶ月以下の懲役または30万円以下の法令遵守を徹底するためには、これらの法律をしっかりと理解した上で、適切な運用を行わなければいけません。また、上記と関連して、企業は年次有給休暇管理簿という書類の作成・保管も行わなければいけません。この書類は従業員ごとに作成し、それぞれに取得時季、日数及び基準日が記載されている必要があります。そして、この書類は5年間保管しなければいけません。記載項目の詳細や作成方法について知りたい方は「年次有給休暇管理簿とは|作成方法や記載事項を記入例付きで解説」もあわせてご確認ください。管理簿の作成・保管義務については直接的な罰則規定はありませんが、次章の事例で見るように、虚偽の内容を記載すると法律に問われます。そのため、適切に管理することが求められます。それでは、上記表に記載した企業の義務について、詳しく見ていきましょう。ルール①:年5日の有給休暇を取得させる労働基準法では、年次有給休暇が10日以上与えられる従業員に対し、そのうち少なくとも付与基準日から年5日は、企業が取得時季を指定して与えなければならないと定められています。例えば、2023年4月1日に入社した従業員の場合、入社日から6ヶ月間継続勤務し、全労働日の8割以上出勤した場合、10日の有給休暇が付与されます。この場合、2023年10月1日から2024年9月30日までの間に、少なくとも5日の有給休暇を取得するように企業が時季指定しなければなりません。その翌年以降も同様に、以下のサイクルで有給休暇の付与と年5日の取得義務が発生します。年5日の取得義務に違反した場合、企業は対象となる従業員1人につき30万円以下の罰金を科せられる可能性があります。注意点として、従業員に年5日の有給休暇を取得させる際は、正規の方法で行う必要があります。具体的には、以下の3つの方法です。従業員自らの時季指定(請求・取得)使用者による時季指定計画年休企業はこれらいずれかの方法で有給休暇を5日取得させなければいけません。ただし、義務として課された5日を超える分については、企業は有給の時季指定を行う必要はなく、することもできません。(「時季指定」と「計画年休」については、法律違反を回避するための対策の章で改めて解説します)。以上のルールを整理すると、以下の通りです。【ポイント】企業は年次有給休暇が10日以上与えられる従業員に対し、基準日から1年の間に有給休暇を5日取得させなければいけない違反した場合、対象となる従業員1人につき30万円以下の罰金の定めがある義務として課される年5日の取得義務は、正規の方法で行わなければいけない義務として課される年5日を超える部分に関しては、企業は時季指定義務を負わないまた、このルールに関する条項・罰則規定は以下の通りです。▼年5日の有給休暇取得義務に関する法律使用者は、第一項から第三項までの規定による有給休暇(これらの規定により使用者が与えなければならない有給休暇の日数が十労働日以上である労働者に係るものに限る。以下この項及び次項において同じ。)の日数のうち五日については、基準日(継続勤務した期間を六箇月経過日から一年ごとに区分した各期間(最後に一年未満の期間を生じたときは、当該期間)の初日をいう。以下この項において同じ。)から一年以内の期間に、従業員ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。ただし、第一項から第三項までの規定による有給休暇を当該有給休暇に係る基準日より前の日から与えることとしたときは、厚生労働省令で定めるところにより、労働者ごとにその時季を定めることにより与えなければならない。※引用:労働基準法 第39条第7項 | e-Gov法令検索ルール②:時季指定を行う場合は就業規則に明記する年5日の有給休暇の取得を確実にするため、企業が取得時季を指定する場合には、就業規則に「時季指定の対象となる労働者の範囲」と「時季指定の方法」を明記しなければなりません。この記載を怠った場合、30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。▼就業規則の例第〇条1 ~ 4 (略)5 第1項又は第2項の年次有給休暇が10日以上与えられた労働者に対しては、第3項の規定にかかわらず、付与日から1年以内に、当該労働者の有する年次有給休暇日数のうち5日について、会社が労働者の意見を聴取し、その意見を尊重した上で、あらかじめ時季を指定して取得させる。ただし、労働者が第3項又は第4項の規定による年次有給休暇を取得した場合においては、当該取得した日数分を5日から控除するものとする。※引用:年次有給休暇の時季指定について就業規則に記載しましょう|厚生労働省また、時間単位での企業による時季指定は認められていません。基本は1日単位、または半日単位での指定である必要があります。以上のルールを整理すると、以下の通りです。【ポイント】企業が時季指定を行うためには、就業規則にその旨を記載しなければいけないこの義務に違反すると、30万円以下の罰金の定めがある企業による時間単位の時季指定は認められないまた、このルールに関する条項・罰則規定は以下の通りです。▼有給休暇について就業規則に記載する義務に関する法律常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。一 始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて交替に就業させる場合においては就業時転換に関する事項※引用:労働基準法第89条 | e-Gov法令検索なお、時間単位の有給休暇については以下の記事で詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。時間単位の有給休暇(年休)とは?制度の始め方・メリット・デメリットも解説ルール③:従業員からの申請があれば所定の有給休暇を付与する労働基準法では、従業員が請求した時季に有給休暇を与えることが原則とされています。ただし、請求された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には、他の時季に変更することができます(時季変更権の行使)。しかし判例の動向を見ると、「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは限定的に解釈されています。そのため、原則としては、従業員の請求に応じて有給休暇を与える必要があります。なお時季変更権は、以下ようなケースであれば認められることがあります。【時季変更権の行使が認められたケース】代替人員を確保できなかった繁忙期に有給休暇取得者が重なった本人が出なければならない研修などがある事前相談がなく有給休暇取得が長期かつ連続である有給休暇取得の申請が休暇の直前だった以上のような特別なケースを除き、従業員の請求を不当に拒否した場合、6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金が科せられる可能性があります。これは、時季指定が科される年5日の範囲に限らず、従業員に付与された有給休暇全てが対象です。さて、以上のルールを整理すると、以下の通りです。【ポイント】原則として、従業員からの有給休暇申請には応じる必要がある従業員の請求を不当に拒否した場合、6ヶ月以下の懲役、または30万円以下の罰金の定めがある時季変更権の行使が認められるケースは限定的また、このルールに関する条項・罰則規定は以下の通りです。▼時季変更権に関する法律使用者は、前各項の規定による有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においては、他の時季にこれを与えることができる。※引用:労働基準法第39条第5項 | e-Gov法令検索時季変更権についての詳細は以下の記事をご覧ください。どういったケースで時季変更権の行使が認められ、逆にどういったケースでは認められないのかを、過去の裁判例などを通じて具体的に説明しています。時季変更権とは?行使できるケース・できないケースの具体例・注意点を解説4. 有給休暇の企業義務に違反し書類送検された事例前章では、企業の義務と罰則を紹介しましたが、過去には実際にこれらの法律に違反した事例があります。これらの事例を通して、さらに有給休暇の義務について理解を深めていきましょう。年5日間の有給休暇取得義務を怠った事例先述した通り、労働基準法では年5日間の有給休暇取得義務があり、企業が取得時季を指定して与えなければならないと定められています。しかし、この義務を怠り書類送検された事例があります。【内容】飲食業を営む企業が、平成31年4月1日〜令和4年3月31日の期間において、年10日以上の年休が付与される従業員全員に対し時季指定を怠り、年5日の取得義務を果たしていなかった。さらに、労働者2名が退職前に申請・取得した年休について、賃金を支払わなかった。これに対し、同社の代表取締役が書類送検された。【違反条項】労働基準法39条(年次有給休暇)、労働基準法第24条(賃金の支払)参考:年休の時季指定怠り送検 労働者全員が未取得 龍ヶ崎労基署この事例は、企業が年5日の取得義務を果たさなかったことに加え、取得された年次有給休暇に対する賃金の支払いも行わなかったという、二重の法律違反が疑われるケースです。年5日の取得義務を怠ることは、単に法律違反であるだけでなく、従業員の健康や福祉を損なう行為でもあります。企業は、このような事例を通して、有給休暇に関する法律の理解を深め、適切な対応を取ることが求められます。虚偽の管理簿を提出した事例年次有給休暇の管理において、企業には法律に基づいた正確な記録と報告が求められます。しかし、中には虚偽の内容を記載した管理簿を提出するなど、不正な行為に及ぶケースがあります。【内容】建設業を営む企業が、年間5日間の年次有給休暇を取得できていない従業員が複数いるにもかかわらず、「全員取得できている」との虚偽の内容を記載した年次有給休暇管理簿を提出し、記載内容に基づいて虚偽の陳述を行った疑いがある。これに対し、所管の労働基準監督署は、同社の担当課長を書類送検した。【違反条項】労働基準法101条(報告等)参考:年休5日の義務果たさず 虚偽陳述で会社送検 久留米労基署この事例は、年次有給休暇管理簿の適切な管理の重要性を示しています。さらに、会社だけでなく「担当課長個人」も罰則の対象となっている点に注目する必要があります。本件では、担当課長が虚偽の内容を記載した年次有給休暇管理簿を提出し、その内容に基づいて労働基準監督官に虚偽の陳述を行ったことから、個人としての法的責任が問われています。このことは、年次有給休暇の管理や報告における担当者の責任の重大さを表しているといえます。担当者は、単に会社の方針に従うだけでなく、法律を正しく理解し、適切な対応を取ることが求められています。したがって、企業は、年次有給休暇の管理体制を整備するだけでなく、担当者に対する教育・指導を徹底することが重要です。従業員一人ひとりが法令を遵守し、誠実な対応を心がけることで、このような違反行為を未然に防ぐことができるでしょう。不当に時季変更権を行使した事例有給休暇の取得に際して、企業は一定の条件の下で時季変更権を行使することができます。しかし、この権利を不当に行使し、従業員の有給休暇の取得を妨げるケースが見受けられます。【内容】新幹線の乗務員が、年次有給休暇の申請をしたところ就労を命じられたため、不当な時季変更権の行使であるとし、慰謝料を請求した。判決では、「恒常的な人員不足の状態にあり、常時、代替要員を確保できない場合、時季変更権の行使は許されない」と判断され、請求を一部容認した。【違反条項】労働基準法39条5項参考:東海旅客鉄道事件(東京地判令5・3・27) 鉄道乗務員の年休申請を業務上支障ありと拒否 時季変更権の行使に慰謝料この裁判の主な争点は、恒常的な人員不足を理由に時季変更権の行使が認められるかどうか、という点です。判決では、人員不足が常態化しており、時季変更権の行使が「事業の正常な運営を妨げる場合」に当たらないとされました。実際、企業が時季変更権を行使するのは、人手不足が理由となる場合が多いでしょう。しかし、この事例からわかる通り、単に人員不足であるということを理由に時季変更権の行使が認められるわけではありません。したがって企業に求められるのは、無理のない運営が行える体制を整えつつ、適正な人員配置と計画的な労務管理を行うことなのです。5. 有給休暇にまつわる労使間トラブルのQ&Aこれまで、有給休暇に関する法律やルールなどを見てきました。しかし、これらのルールを理解していても、有給休暇取得を巡って労使間でトラブルが発生することがあります。そこで、本章ではより具体的なシチュエーションをQ&A形式で解説しながら、有給休暇に関する理解を深めていきます。Q1. 従業員が直前に有給申請してきた際に拒否できるか A1. 原則として拒否はできません。ただし、就業規則で請求期限を定め、かつ「事業の正常な運営を妨げる」場合は拒否できるケースもあります。従業員から有給休暇の請求があった場合、企業は原則として、請求された時季に与えなければなりません。ただし、請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合には、他の時季に変更することができます。しかし、先に解説した通り、「事業の正常な運営を妨げる」かどうかは、かなり限定的に解釈されています。では、「就業規則で定められた請求期限(例えば3日前)を守らなかったので拒否した」といったケースではどうでしょうか。就業規則で定めているのであれば、時季変更権の行使ができそうですが、実は単に就業規則で定められた請求期限を守らなかったということだけを理由に、有給休暇の請求を拒否することはできません。あくまで、事業の正常な運営を妨げるか否かが判断基準となります。とはいえ、就業規則で請求期限を定めることは無意味ではありません。請求期限に合理的な理由があれば、十分に効力を発揮します。会社や事業の性質によって、1週間前や2週間前までに請求がなければ代替要員の確保などの対策が行えないなどの事情があれば、これらを請求期限として就業規則に定めることも可能でしょう。ただし、就業規則の効力が発生するのは、その規則が従業員に周知されている場合に限ります。Q2. 従業員に有給休暇を取得する理由を説明するよう強制できるか A2. 従業員に対し、有給休暇の取得理由を説明するよう強制することはできません。有給休暇の取得は従業員の権利であり、取得理由を説明する必要はありません。企業が理由を聞くこと自体に直接的な罰則はありませんが、場合によってはパワーハラスメントやセクシャルハラスメントに該当する可能性があります。従業員は有給休暇を取得する権利を有しており、企業はその権利を尊重しなければなりません。理由を強要することは、従業員の権利を侵害する行為となりうるのです。Q3. 有給休暇取得日の賃金を計算する際に、諸手当を含む必要はあるか A3. 所定労働時間働いた場合に支給される手当ならば、該当の手当を含めて計算します。割増賃金は含まないのが一般的ですが、トラブル時は実態を鑑みて個別に判断されます。有給休暇を取得した場合、企業は従業員に対して所定の賃金を支払う必要があります。とはいえ、多くの企業では、有給休暇に対して所定の賃金を支払わないとことはないでしょう。しかし、有給休暇に対して支払うべき賃金の範囲がトラブルの原因となる場合があります。例えば、「シフト勤務手当」が有給休暇を取得した日の「通常の賃金」に含まれるべきとされた判例があります。ここで言う「シフト勤務手当」とは、所定時間中に7時間45分以上労働した場合に1回あたり900円支払われる手当です。1日の所定労働時間は8時間であったことからシフト勤務手当は通常の賃金に含まれるものとされました。一方、同じ判例で「日曜・祝日勤務手当」「時間外手当・深夜手当」は通常の賃金に含まれないとされました。1952年の通達でも「所定労働時間労働した場合に支払われる通常の賃金には臨時に支払われた賃金、割増賃金の如く所定時間外の労働に対して支払われる賃金等は算入されないものであること。」とされており、一般的に割増賃金は通常の賃金に含まないと解されています。参考:日本エイ・ティー・エム事件(東京地判令2・2・19) 年休取得日は勤務実績ないと一部手当をカット シフト手当も"通常の賃金"本件では、上記のような判断がなされましたが、トラブルを避けるためにも一度自社の就業規則を見直し「通常の賃金」の範囲を明確にすると良いでしょう。とはいえ専門の知識がなければ難しいポイントなので、社会保険労務士などと相談しながら検討することをおすすめします。Q4.従業員数が少ないため就業規則を作成していないが問題ないか A4. 従業員数が10人未満の企業は就業規則の作成義務はありませんが、労使間のトラブルを避けるためには就業規則の作成が望ましいでしょう。常時10人以上の従業員を使用する企業は、就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なければなりません。一方で、10人未満の零細企業については、就業規則の作成は必須ではありません。しかし、労働基準法の規定は就業規則の有無に関わらず適用されます。トラブルを避けるためには、規模に関わらず就業規則を作成しておきましょう。就業規則があれば、労使双方にとって権利義務関係が明確になり、トラブルの予防につながります。6. 有給休暇を巡るトラブルが起きる背景では、有給休暇に関する法律違反や、労使間のトラブルはなぜ起こるのでしょうか。これには、次のような背景が考えられます。有給休暇に関するルールへの理解不足人員不足や業務の負担休みづらい風土有給休暇の管理不足それぞれの要因を確認して、自社の状況と照らし合わせてみてください。有給休暇に関するルールへの理解不足有給休暇を巡るトラブルが起きる背景には、経営者や管理職、チームリーダーなど、組織全体での有給休暇に関するルールの理解不足があります。特に、チームリーダーや管理職は、部下である従業員から直接有給休暇の相談を受けることが多いため、彼らがルールを正しく理解していないと、適切なアドバイスができません。また、不当な理由で拒否するなどして、従業員の不満を募らせる原因になります。そのため、経営者だけでなく、管理職やチームリーダーも含めて、組織全体で有給休暇に関するルールを理解し、共有することが重要です。人員不足や業務の負担人員不足や業務の負担も、有給休暇を巡るトラブルの背景となっています。人手が足りない状況では、誰かが休むと他のメンバーの負担が増えるため、有給休暇の取得が困難になります。特に、急な休暇の場合、代替要員の確保が難しく、業務に支障をきたすことがあります。同様に、業務量が多く、一人ひとりの負担が大きい職場では、休暇を取ることで自分の仕事が滞ったり、同僚に迷惑がかかったりすることを懸念して、有給休暇の取得を躊躇する従業員もいます。このような状況を改善するには、適正な人員配置と業務分担の見直しが必要です。従業員が休暇を取得しやすい環境を整えることが、企業の重要な役割の1つといえるでしょう。休みづらい風土休みづらい職場の雰囲気や風土も、有給休暇を巡るトラブルの原因となります。例えば、上司が有給休暇の取得に否定的な態度を取るような職場では、従業員は有給休暇の取得を躊躇します。また、暗黙の了解として、休まないことが美徳とされている職場も危険です。このような職場では、有給休暇を取得することが、仕事に対する責任感や義務感が欠けていると受け取られかねません。こうした休みづらい風土を改善するには、経営者や管理職が率先して有給休暇を取得するなどして、従業員に模範を示すことが重要です。また、有給休暇の取得を促進する方針を明確に打ち出し、従業員の休暇取得に対する不安や懸念を払拭することも必要でしょう。有給休暇の管理不足企業側の有給休暇の管理不足も、トラブルを招く大きな要因の1つです。たとえば、年次有給休暇の付与日数や残日数を従業員に明示できていないと、従業員は自分がどれだけの有給休暇を取得できるのか、いつまでに取得しなければならないのかを正確に把握できず、計画的な取得が困難になる可能性があります。また、取得状況を可視化できていないと、取得が進んでいない従業員に対して、適切なアナウンスやフォローができません。このように、有給休暇の管理が不十分だと、法律違反を犯す可能性が高まります。7. 法律違反を回避するための対策もし、前章で紹介したような背景に心当たりがあるのであれば、次のような対策を講じてみてはいかがでしょうか。有給を取得しやすい環境作り計画年休制度を利用時季指定権の行使半日休暇制度の導入勤怠管理システムの利用有給休暇を取得しやすい環境作り大前提として、有給休暇に関する法律違反を回避するためには、有給休暇を取得しやすい労働環境を整備することが不可欠です。そのためにも、適正な人員配置や業務量の管理を行う必要があります。企業は、業務量に見合った十分な人員を確保し、適切に配置することが重要です。人員不足や業務の偏りは、特定の従業員に過重な負担を強いることになり、有給休暇の取得を困難にします。また、業務の効率化や標準化を図ることで、一人ひとりの業務量を最適化することも重要です。たとえば、業務プロセスの見直しや、IT技術の活用などを通じて業務の属人化を解消することで、誰もが有給休暇を取得しやすい環境を整えることができます。計画年休制度を利用計画年休制度を利用することも、法律違反を回避するための有効な手段です。計画年休とは、労使協定を結ぶことで、年次有給休暇の付与日数のうち、5日を除いた残りの日数について、あらかじめ取得日を計画的に定めておく制度です。例えば、有給休暇が20日付与されている従業員であれば、15日まで計画的付与の対象とすることができます。そしてこの15日は、義務として課されている年5日の有給休暇としてカウントすることができるのです。計画年休を効果的に活用するには、例えば、お盆や年末年始などの期間に合わせて、有給休暇を計画的に取得させる方法があります。これにより、従業員は長期の休暇を取得しやすくなり、リフレッシュの機会を得ることができます。また、休日が飛び石となっている間の期間に、橋渡しとして計画的付与を行い、大型連休にする方法も有効です(ブリッジホリデー)。※引用:年5日の年次有給休暇の確実な取得わかりやすい解説|厚生労働省そのほかにも、従業員の誕生日や入社記念日などの特別な日に有給休暇を付与するアニバーサリー休暇制度を導入している企業もあります。なお、計画年休についての詳細は以下の記事をご覧ください。こちらの記事では、具体的な付与の方法などについて詳しく解説しています。計画年休とは?有給との違いや効果・デメリットをわかりやすく解説時季指定権の行使年5日の有給休暇の確実な取得を徹底するために、企業は時季指定権を行使することができます。一定期間経過しても5日の取得に満たない従業員に対して、会社側が取得時季を指定することで、法律違反を回避することができます。過去の実績を見て取得日数が著しく少ない従業員への対応として活用するとよいでしょう。ただし、時季指定権の行使は、従業員の意向を尊重しつつ、業務に支障がない範囲で行うことが求められます。半日休暇制度の導入半日休暇制度を導入することも、有給休暇の取得を促進するための効果的な方法です。半日単位での取得を認めることで、従業員は必要に応じて柔軟に有給休暇を使うことができるようになります。なお、半日単位の有給休暇の取得は、0.5日分としてカウントされます。勤怠管理システムの利用勤怠管理システムの導入は、有給休暇の管理を徹底し、法律違反を防止するための非常に有効な手段です。勤怠管理システムを利用することで、有給休暇の申請・承認をシステム上で完結させることができたり、有給休暇の付与日数や取得状況をリアルタイムで把握できたりするため、従業員の取得状況を適切に管理することができます。▼システム上で有給申請を行うイメージさらに、勤怠管理システムは、労働時間の管理にも活用できます。有給休暇の消化率が低い原因が業務量の多さにある場合、労働時間のデータを分析することで、その実態を明らかにすることができます。これらの情報を基に、経営者や管理職は、有給休暇の取得を促進するための具体的な方針を立てることができるでしょう。▼全社的な有給取得率を把握できるダッシュボードそのほかにも、勤怠管理システムには以下のように、有給休暇の適切な管理をサポートする機能が豊富に搭載されています。有給休暇の付与機能有給休暇の残日数管理機能有給に関する通知を行うアラーム機能年次有給休暇管理簿作成機能ただし、勤怠管理システムの機能は製品によって異なり、有給休暇を適切に管理するためには自社にあった製品を選択する必要があります。勤怠管理システムの選び方がわからない方は、勤怠管理システムのおすすめ11選を比較|規模別に機能や費用を解説をご覧ください。こちらの記事では、勤怠管理システムは製品ごとに何が違うのか、おすすめの勤怠管理システムはどれかを詳しく紹介しています。8. まとめ|法令遵守の徹底は職場環境の改善から始めよう本記事では、有給休暇に関する企業の義務や違反した際の罰則、労使間のトラブル事例、法律違反を回避するための方法について解説してきました。改めて有給休暇に関する企業の義務を確認しましょう。年5日の有給休暇を取得させなければならない時季指定を行う場合は就業規則に明記しなければならない従業員からの申請があれば所定の有給休暇を付与しなければならない企業はこれらの義務に違反した場合、30万円以下の罰金や6ヶ月以内の懲役という罰則が定められています。実際に、過去にはこれらの義務に違反したために書類送検された事例があります。自社がそうならないためにも、早め早めに対策を講じることが大切です。特に重要なポイントが、従業員が無理なく休めるような職場環境を整えることです。その上で、計画年休制度の利用や勤怠管理システムの導入といった具体的な対策を行うことで、より確実に法律を遵守しつつ、従業員のワークライフバランスを実現することができるでしょう。