1. 未払い残業代とは?未払い残業代とは、法律上では割増賃金で支払う義務があるにもかかわらず未払いとなっている賃金のことをいいます。本来、労働者が残業(時間外労働)をした場合には、残業時間分について少なくとも25%を割り増した賃金を支払う必要があります。未払い残業代を請求できる時効は3年(※)となっているため、残業代の未払いがあった場合、「そこから3年間は請求される可能性がある」ということになります。※法律では5年と定められていますが、未期限の猶予措置として3年とされています。未払い残業トラブルが裁判に発展すると、遅滞損害金や未払い残業代と同額の付加金の支払いが必要になる場合があるため、注意が必要です。2. 未払い残業代を請求されたらすること・流れ残業代の請求を受けたら下記手順に沿って確認や計算を行います。実態と反論事項を確認する未払い残業代を計算する未払い残業代を支給する1.実態と反論事項を確認するまずは請求の内容が正当なものであるか、請求者の就労状況や賃金台帳を確認しましょう。また、企業が請求者に対抗できるかもしれない要件のことを反論事項といいます。次の反論事項に該当していないか確認しましょう。労働時間であったか:請求者が主張している労働時間が企業側の指揮命令下に置かれている時間であったか残業禁止ルールは無かったか:企業が具体的な方法まで指示して残業を禁止していなかったか時効は過ぎていないか:未払い残業代の時効は3年のため、それ以前の請求は含まれていないか固定残業代を払っているか:固定残業代やみなし残業代を適切に運用していたか請求者の主張に誤りがある場合や、上記の反論事項に該当するものがある場合には、請求を減額できる可能性があります。2.未払い残業代を計算する未払いであった残業が特定できたらその残業時間分の残業代を計算します。在職中であれば遅滞損害金として「未払い残業代の3%」を、退職済みであれば遅滞損害金として「未払い残業代の14.6%」を加算します。3.未払い残業代を支給する未払い残業代の請求を受けた場合の対応例を、請求者が「在職中」と「退職済み」の2つにわけて解説します。3-1.対象者が在職している場合在職中の場合は残業代として支払うのが原則ですが、請求者の同意を得て賞与として支払うこともあります。支給パターン1)残業代として支給する残業代として支給した場合は、下記の通り再計算、申告、清算をおこないます。所得税未払い残業が発生した年度分の年末調整を再度おこなう。個人で確定申告をしている場合は確定申告の修正をおこなう。住民税も再計算となるので請求者の市区町村に給与支払報告書を送付する社会保険料未払い残業が発生した月の報酬として、必要があれば定時決定や月額変更の訂正届を提出する労働保険料未払い残業が発生した年度分の賃金に含め、労働保険料の修正をおこなう支給パターン2)賞与として支給する請求者の同意を得て賞与として支給した場合は、下記の通りです。所得税支給した年度の給与収入として取り扱い、支給額から所得税の計算と徴収をおこなう社会保険料支給した月において、支給額から社会保険料の徴収と賞与支払届の提出をおこなう労働保険料支給した月の賃金に含めて次の年度更新をおこなう。請求者が雇用保険の被保険者である場合は支給額から雇用保険料を徴収する賞与として支給する方が、企業側の工数的な負担は少なくなります。可能であれば請求者へ誠実な対応を心がけ同意を得たうえで、賞与の取り扱いで支給できるとよいでしょう。3-2.請求者が退職済みの場合退職済みの請求者である場合、残業代として支給するほか、相当の金額を以て「和解」とする方法があります。なお、労働関係の書類は5年間(当分の間は3年間)の保存期間が定められています。退職したからといって出勤簿や賃金台帳など労働関係書類を3年以内に破棄しないようにしましょう。支給パターン1)残業代として支給する残業代として支給する場合は、在職中の「支給パターン1)残業代として支給する」の原則処理と同様に、未払い残業が発生した年度の所得税・社会保険料・労働保険料を再計算・修正・申告します。支給パターン2)和解金もしくは解決金として支給する裁判に発展する前に、相当額の金銭を支払うことで請求者が未払い残業代の賃金債権を放棄することがあります。これを和解といいます。退職済みの人から未払い残業代請求を受けた場合には、和解金や解決金といった方法をとることで、各税金・保険料の煩雑な処理を抑えられる可能性があります。ただし、和解金・解決金であっても実質的に未払い残業代に相当するとみなされた部分については給与所得となり、請求者は課税されることがあります。専門家に依頼するのも手未払い残業代の請求を受け、対応するリソースが無い場合は社会保険労務士や弁護士といった専門家に依頼するのも一つの方法です。もし、会社に顧問の専門家がいる場合はすぐに相談しましょう。3. 未払い残業代を請求された事例を紹介本章では、未払い残業代に関する裁判例を3つ紹介します。固定残業代を区別せず基本給に加算して支給していたケース本件は、企業は固定残業代を従業員の合意を得て支給していたつもりでしたが、基本給と区別がされておらず、固定残業代の適切な運用ができていなかったケースです。裁判名小里機材事件(昭和63.7.14最一小判)経緯Y社は従業員Xに対して月15時間分の残業代を、本人の合意を得て基本給に加算して支給していることを理由にして19:00を超えた場合にのみ残業代を支払っていた。従業員Xは17:00から19:00までの残業について残業代の支払を求めた。結論労働者側勝訴基本給と固定残業代は明確に区別して合意し、かつ実際の残業代が固定残業代を上回るときはその差額を適切に支払うことを合意した場合にのみ、固定残業代を残業代とすることができる。本件は上記の立証がなくY社の主張は採用できない。歩合給のみを支給していたケース本件は、完全歩合給で働いていたタクシー乗務員について、歩合給の支給をもって残業代や深夜手当の支払をしたとみなすことは困難であると判断されたケースです。裁判名高知県観光事件(平成6.6.13最二小判)経緯Y社でタクシー乗務員として勤務するXは、隔日勤務で8:00から翌日2:00である一方、賃金は完全歩合給のみであった。XはY社に対し2:00以降の残業代と22:00から翌日5:00までの深夜労働手当の支払を求めた。結論労働者側勝訴歩合給の額が残業や深夜労働をした場合においても増額されるものではなく、通常の労働時間の賃金に当たる部分と残業や深夜労働の手当に当たる部分と判別することもできない。そのため、歩合給の支給によって残業代・深夜手当を支払ったとすることは困難である。【レアケース】支払わなかった例本件は、労働者からの未払い残業代請求がされたものの、未払い残業代はないと判断された事例を紹介します。裁判名日本ケミカル事件(平成30.7.19最一小判)経緯薬剤師Xが勤務していたY社は固定残業代を「業務手当」としてXに支払っていた。Xはこの業務手当がみなし時間外手当の要件を満たさないから無効であると主張し、残業などに対する未払い賃金の支払いをY社に求めた。結論企業側勝訴Xの業務手当は「残業などに対する対価」として位置づけられており、業務手当の額が実際の残業などの労働と大きく乖離するものではなかった。そのため、Xの業務手当は「残業などに対する対価」として認められる。実際の残業時間と比較して適切な固定残業代を「業務手当」として支払っていたので、未払い残業代の支払いは不必要だと判断されました。※参考:「割増賃金不払い」に関する具体的な裁判例の骨子と基本的な方向性|厚生労働省未払い残業トラブルの裁判において、企業が勝訴して支払いが無かったというのはレアケースです。未払い残業は発生を防ぐことが重要です。4. 未払い残業のリスク未払い残業には、金銭的な負担はもちろん、下記のようなリスクも挙げられます。リスク1.法律違反による罰則リスク2.遅滞損害金や付加金の発生リスク3.従業員のモチベーション低下や企業イメージの悪化リスク4.対応に時間や人手がかかるリスク1.法律違反による罰則未払い残業代に関する法律として賃金支払の原則(労働基準法第24条)や割増賃金(労働基準法第37条)があります。これらの法律に違反すると、6か月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科される恐れがあります。リスク2.遅滞損害金や付加金の発生本来支払うべき期日から支払いが遅れると、遅滞損害金が発生します。請求者が在職中であれば民法第404条により年利3%、退職済みであれば賃金支払確保法第6条により年利14.6%が遅滞損害金として加算されます。裁判に発展した場合、未払い残業のペナルティとして未払い残業代と同額の付加金が請求されます。つまり、未払い残業代を最大2倍支払う可能性があります。リスク3.従業員のモチベーション低下や企業イメージの悪化未払い残業代の請求があると、従業員間で企業への不信感がうまれるおそれがあります。企業への不信感があると業務に対するモチベーションも低下します。また、各都道府県の労働局がホームページ上で「労働基準関係法違反に係る公表事案」として企業名が公表されることもあり、企業のイメージ悪化に繋がります。リスク4.対応に時間や人手がかかる残業代の未払いが後から見つかった場合には、労働者・企業・行政への影響が多く手間も非常に多くかかります。そのため、いかにして未払い残業の発生を防止するかがとても重要です。5. 未払い残業が発生しやすい3つのよくあるケース本章では未払い残業代の請求が認められ、企業が支払うことが多いケースを3つ紹介します。未払い残業代の請求が認められるよくある3ケース管理職(管理監督者)の要件を満たしていない労働時間制度によって残業代を払っていない給与計算時の割賃計算が間違っているよくあるケース1:管理職(管理監督者)の要件を満たしていない労働基準法において、管理職(管理監督者)は、残業と休日労働の割増賃金規定を適用しなくて良いものとされています。そのため、管理職であれば残業代は一切支給しなくていいと誤解しているケースが多くあります。しかし実際には、管理職であっても、実態として管理職の待遇でない場合は、通常の労働者と同様に残業代の支払いが必要となります。管理職であるか否か(残業代の支払いが必要かどうか)は、裁判のなかで個別に判断されますが、これまでの判例などから管理職の要件として次の事項が挙げられます。責任と権限自らの裁量で行使できる権限が多くあり、経営者と一体的な立場にあること経営方針の決定経営会議に出席するなど経営方針の決定に関与していることふさわしい待遇主に賃金について一般の労働者と比べて管理職にふさわしい待遇であること勤怠管理勤怠について自らの裁量が認められており厳格な管理をされていないこと自社の管理職が上記の要件を欠いていないか、不安がある場合は管理職の待遇を見直しましょう。また、管理職であっても、深夜労働に対する割増賃金の支払いは必要です。よくあるケース2:労働時間制度によって残業代を払っていないみなし労働時間制・裁量労働制・歩合給制のため残業代を支払わなかったが、後から未払い残業代を請求され、企業が支払いを命じられることがあります。これらの労働時間制度を採用していたとしても、適切に運用されていない場合はもちろん、残業代が発生することがあります。本来であればこれらの労働時間制度を採用できない状況なのに制度を採用してしまった、などの間違った運用をしてしまうと、無自覚のまま未払い残業が発生するので注意しましょう。みなし労働時間制・裁量労働制の適切な運用や割増賃金の具体的な計算例について詳しく知りたい方は、「裁量労働制とは?適用できる職種・デメリット・最新の法改正の内容も解説 | 基礎知識」もご覧ください。よくあるケース3:給与計算時の割賃計算が間違っている給与計算時の間違いや誤解も、未払い残業の要因として挙げられます。特に多いのは、週の法定労働時間40時間を超えた時間分について割増賃金を支払わないケースです。たとえば、月曜日から金曜日まで8時間労働し、土曜日は3時間だけ労働した場合、土曜日の3時間労働については週の法定労働時間40時間を超えているため、割増賃金での支払いが必要となります。支払うべき割増賃金を支給していなかった場合には、当然ながら「未払い残業」となってしまいますので、正しい認識の上で正確に給与計算できるようにしなければなりません。残業代の計算方法については下記の記事で詳しく解説しているので、ぜひ参考になさってください。残業代の計算方法|時間外労働の集計・割増率・法律を初心者向けに解説6. うっかり未払い残業の発生を防ぐための方法未払い残業の発生を防ぐためにも下記の事項について確認し、該当する場合は対策を講ずるようにしましょう。チェック項目当てはまった場合の対策労働時間計算の丸め処理をしている労働時間の計算ルールを確認する(原則、労働時間は1分単位で計算が必要)年俸制・歩合給制の労働者に残業代を支払っていない勤怠管理を適切におこなって労働状況を把握し、残業が発生した場合は残業代を支払う固定残業代以外の残業代を支払っていない固定残業代分を超えて残業した場合は残業代を支払う管理職に残業代を支払わない管理職の要件を満たしているか確認する、要件を満たしていない場合は残業代を支払うみなし労働時間制(裁量労働制)労働者に残業代を支払わないみなし労働時間制(裁量労働制)を正しく運用する勤怠管理や勤怠記録の信頼性が低い勤怠計算のルールを把握し、客観的かつ実態に即した記録をおこなう勤怠計算の方法や残業時間の集計方法については、「勤怠計算を正確に行うには?勤務時間や残業時間の集計方法も解説」で詳しく解説しています。勤怠計算について確認したい方はぜひご覧ください。7. まとめ|未払い残業は発生を防ぐことが重要未払い残業代の請求を受けて、その請求が認められなかった(企業側の支払いがなかった)というケースはごくわずかです。多くの場合、未払い残業代の請求を受けた企業は支払うこととなります。未払い残業代を支給することになると、各税金・保険料清算の手間もかかるほか、3%もしくは14.6%の遅滞損害金、最大で未払い残業代と同額の付加金の支払いが必要となることもあります。このように、未払い残業代請求は請求者もですが企業側の負担が非常に多く、まずは未払い残業の発生を防ぐことが非常に重要です。勤怠計算のルールや労働時間に関する制度について把握しておき、トラブルを未然に防ぎましょう。